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ジェイミー・ジョセフと宗像の物語。
友情と共に育まれたラグビーへの愛。
posted2020/06/14 11:30
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph by
Takuya Sugiyama
サニックスは愛のチームだ。
福岡県遠賀郡、国道沿いの寿司割烹店、かつて、この支店でホールを担当した年配の女性に顔写真を差し出してみた。
「覚えてます」
水草郁子さんは、息子の親友を見るような目で続けた。
「いつもナマスシ、ナマスシって。並寿司のことなんですよね」
日本代表の新しいHC、ジェイミー・ジョセフは、1995年から2002年までサニックスに在籍した。ラグビー界がプロ容認に踏み切って、その先駆として日本の新興クラブにやってきたのだ。
グラウンドのそばにあった寿司店の「みよし」を気に入り、足を運んだ。新鮮なにぎりが8貫の「ナマスシ」が好物だった。
ハイ、ミヨシ。道ですれ違うと、赤ん坊の笑顔で手を挙げた。
「体は大きいのに愛嬌があって」
元ニュージーランド(NZ)代表オールブラックスの大男は、かけなら360円の「英ちゃんうどん」とも恋に落ちた。帰国後も、サニックスの短期コーチで来日するたびに通った。本誌の渾身の調査によるとこのごろは「肉うどんに海老天を3本追加でのせる」らしい。
店に飾られた油まみれのジャージィ。
夜。宗像サニックスの「もうひとつのクラブハウス」を訪ねた。鶏や豚の串焼きで鳴る酒場、カウンター席のみ、おそろしくうまく不思議なほど良心価格ゆえ、店名を明かしたら満席確実、選手たちが路頭に迷う。ここでは「HJ」としておこう。
頑固だろう主人とその夫人は、都会のビッグなクラブとは異なるスモールでローカルなチームをラブしている。有名大学出身の有名選手なし。草の根クラブを経て入団の遠回り組が複数在籍、水道料金滞納者の蛇口をハリガネで縛る公務に従事していた者もいる。潤沢でない布陣ながら走り負けせぬ体力を養い、独自の戦法を貫徹、しぶとく白星をたぐる。そこがたまらない。
選手寄贈のジャパンの練習着やオールブラックスのジャージィが油まみれで飾られている。ビニール袋でくるんだりケースに収めないのは無精ではなく、主人の心の奥の「照れ」ゆえだ。店の角に積まれたビールケースのてっぺん、某選手の幼子が眠っている。後ろに結んだ尾っぽの髪をたまに鉄板で焦がす主人は、引退した無名戦士のその後の奮闘を熱く語ってくれて、牛蒡の鶏皮巻きもいっそう美味だ。
もういっぺん記す。サニックスは愛のチームである。スーパーラグビーのハイランダーズを頂点へ導いた敏腕、ジェイミー・ジョセフのコーチングは、ここ宗像の歳月と無関係ではない。