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「高校野球を特別扱い」の主語は誰?
何を批判しているのかがわからない。 

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中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byHideki Sugiyama

posted2020/05/22 07:00

「高校野球を特別扱い」の主語は誰?何を批判しているのかがわからない。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

独立した組織である高野連が、甲子園開催の判断をする。そこに「特別扱い」の存在する余地はない。

誰が、何に腹を立て、何を批判したのか。

 やや話は逸れるが、NHKが全試合を全国放送し、新聞や雑誌も誌面を大きく割くことを「メディアが高校野球を特別扱いしている」と捉える人もたくさんいるようだ。

 メディアを買い被らない方がいい。メディアは何かを何十年にもわたって「特別扱い」するほど親切ではないし、余裕もない。もっとしたたかだ。世の中の関心が高いから取り上げるのだ。身も蓋もない言い方をすれば、需要があるから放送するし、記事を書くのだ。

 いったい誰が、何に腹を立て、批判しているのか。それがまったく見えなかった。まるで、存在しない悪者を作り出そうとしているようにも映った。

 事実を歪め、的外れな批判を繰り返す行為を「ストローマン論法」と呼ぶ。ストローマンとは藁人形や案山子という意味だ。つまり、実体のない、架空の敵だ。根拠のない批判は、された側も受け止めようがない。ゆえにエスカレートしやすく、そして、憎しみを増幅させる。

 高校野球開催の是非を巡り、「高校野球は特別なのか」と中止を迫る論法は、まさにストローマン論法ではなかったか。

特別かどうか、を判断したわけがない。

 ある監督はこう漏らしていた。

「メディアには特別じゃないって言いますよ。特別なんて言ったら、炎上するでしょう。でも本音を言えば特別ですよ。野球は特別です。全国の監督さんも、選手も、そう思ってるでしょう。でもそれはサッカーやっている人に聞いたら、サッカーは特別って言うのと同じ。なんで特別だって言っちゃいけないんですかね」

 まったく同感だ。ここで言う「特別」は「愛情」という意味だろう。

 批判する側が「特別」をどういう意味で使っているかは不明だが、開催に反対するのなら、理路整然と、その反対理由を述べればいいのだ。そうすれば批判は批判として相手に届くし、議論になる。見えなかったものが見えてくる。

 20日、この夏の全国高校野球選手権大会の中止が決まった。これだけははっきりしているが、決して「野球だけが特別ではない」という理由で開催を見送ったわけではない。独自に検討し、安全を最優先に考え、たどり着いた結論だった。

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