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モウリーニョの毒とリアリズムと、
ロマンチックなインテル3冠の結末。 

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弓削高志

弓削高志Takashi Yuge

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posted2020/05/22 15:00

モウリーニョの毒とリアリズムと、ロマンチックなインテル3冠の結末。<Number Web> photograph by Getty Images

ビッグイアーを掲げるサネッティ。モウリーニョ率いるインテルにとって史上最高の時が訪れた瞬間だった。

インテルはロマンチストのチームだ。

 誤解を怖れずにいうと、インテルはロマンチストのチームだ。

 どんなサッカークラブにも、多かれ少なかれロマンを追求する理想があるが、歴史的にブルジョワ体質のインテルはその性格が強かった。誰よりもオーナー会長のモラッティが一番のロマンチストだった。

 実父アンジェロがインテル会長を務めた1964年、CLの前身であるUEFAチャンピオンズカップに優勝し、翌年も連覇して欧州の頂点に立った。

 30年後の'95年、オーナー会長に就いたマッシモは、父が築いた“グランデ・インテル”の再現を試み、自らも私財を投じて欧州制覇の夢を抱いた。そんな親子2代に渡る壮大な夢に、ファンも思いを託した。

 雌伏の時代が続いたが、2004年に監督に就任したロベルト・マンチーニ体制で、念願のスクデット奪取に成功。“カルチョーポリ”により2部へ降格していた仇敵ユベントスがセリエAに戻った2007-08年のカンピオナートでも圧勝した。

 鬱憤を晴らすように、インテルは国内で勝ちまくった。

 そして2008年の夏、名将モウリーニョがミラノへやって来た。

大型補強でチームの骨格を変えた。

 モウリーニョはCLで勝つために呼ばれた“黒船”だった。

 2004年にポルトをCL優勝に導き、チェルシーに半世紀ぶりのリーグ優勝をもたらした国際的名将は、国内に敵なしでありながら、どこか甘さを残したロマン色強いインテルに広大な欧州大陸のリアリズムを持ち込んだ。

 1年目にスクデットを獲得してチームを掌握したモウリーニョは、大規模な戦力補強を会長に訴え、勝負の2年目に臨んだ。

 前年に大躍進したジェノアからFWミリートとMFモッタをまとめて獲ったのを皮切りに、R・マドリーからはオランダ代表の10番ウェズレイ・スナイデルを呼び寄せた。さらにFWイブラヒモビッチとのトレードでバルサからエトーを呼び寄せ、守備の要としてバイエルンのルシオを引き抜いた。スタメン半分とチームの骨格が変わり、戦術は4-2-3-1へ変更された。

【次ページ】 モウの言葉はすべて毒になった。

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