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イチロー、松井が惚れたバットの名工。
コロナ禍でもミニチュアは“即完売”。 

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小西斗真

小西斗真Toma Konishi

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photograph byKyodo News

posted2020/05/09 08:00

イチロー、松井が惚れたバットの名工。コロナ禍でもミニチュアは“即完売”。<Number Web> photograph by Kyodo News

松井のプロ入団1年目から二人三脚でバットを作り上げていた久保田さん(右)。オフには毎年、翌シーズンへ向けて話し合っていた。

谷沢健一が重視したバランス。

 バットは芸術品ではない。だから「いいバットかどうかは選手が判断する」と名人は言う。顧客のオーダーに極限まで応える。1ミリ、1グラム、微妙なバランス。

 最も鍛えられたのは若き日に出会った谷沢健一だそうだ。バットを納入したある試合でのこと。そのままナゴヤ球場での試合を観た。ところが、巡ってきた打席でことごとく、谷沢はライバル社製のバットを使った。

 なぜ自分のバットではだめなのか。どこが劣っているのか。ひたすら考え続けた結果、谷沢が最も重視しているのはバランスだということに気がついた。谷沢が求めるバットを削りあげ、届けると谷沢は使ってくれた。久保田さんが「一番思い出深い選手」だというのには、こんなエピソードがあった。

法隆寺を支えた宮大工。

 名人の原点は山にある。故郷でもある養老町は、山に囲まれている。早朝の山歩きが日課だった。バット素材といえばアオダモだった時代には、北海道日高地方の山を歩いて回っていた。松井がヤンキースに移籍し、メープル材のバットを使うことになった'04年の冬には、厳寒のカナダの山を歩き、メープルを確かめた。「木は生きている」からだ。ならば、どのような環境で育っているのか。気温、湿度、日当たり、土の状態。久保田さんはただ伐採された材木を削っているのではない。

 筆者は昔、久保田さんから『法隆寺を支えた木』という本を薦められたことがある。いわずとしれた世界最古の木造建築。修復工事を指揮した伝説の宮大工・西岡常一が、木とは何か、その神髄を語っている。宮大工の世界で口伝される教えの1つに「木を買わず、山を買え」というのがある。育った環境によって、木にはくせがある。曲げたい箇所、耐久性が優先される部分……。山ごと買えば、どんな木もそろう。まさしく適材適所。1300年という歴史を支えたのは、代々口伝された宮大工の知識と経験でもあった。

 バットもそう。メープルの材木をコンピューター制御でまったく同じサイズに削っても、松井の求めたバットが大量生産できるわけではない。久保田さんが一流選手を支える心と、法隆寺を支えてきた宮大工の心には通じるものがある。

【次ページ】 暗い話題が続く中で、“完売”。

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