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なぜコービー・ブライアントは特別か?
「最も身近なスーパースター」の死。 

text by

長澤壮太郎

長澤壮太郎Sotaro Nagasawa

PROFILE

photograph byGetty Images

posted2020/04/12 19:00

なぜコービー・ブライアントは特別か?「最も身近なスーパースター」の死。<Number Web> photograph by Getty Images

ロサンゼルスの街に画かれたコービー・ブライアントの壁画。その姿には聖人のごとく後光が――。

インターネットの進化とコービーのスター街道。

 そして、コービーの存在をここまで世界規模のスーパースターに引き上げた大きな要因として、新しい時代の流れも大きく作用したと言えます。

 彼のキャリアはインターネットの進化と共にありました。

 彼がNBA入りした1996年は、ちょうど世界中でEメールが普及し始めた頃でした。新たな時代のスターとして、コービーは人々に認識されはじめた最初の時期です。その後、スポーツメディアがインターネットを活用して試合やプレイを伝え始めたあたりで、アメリカではスポーツに関するブログが多く立ち上がりました。2000年からは、3ピートをシャック(シャキール・オニール)と共に成し遂げます。

 2004年にFacebook、2005年にYouTube、2006年にTwitterが立ち上がり、世の中に浸透してきた頃、コービーは伝説となる81得点を2006年に記録し、2008年にリーグMVPを獲得したのです。2008-2009年に再びNBA王者に返り咲き、翌年も連覇を果たしたコービー。これもまた2010年のInstagramの立ち上げ時期とぴったり重なっています。

 これらの新たなプラットフォームが普及する度に、彼のハイライトや日々の動画がスポーツのメイントピックとして拡散されてきました。偶然といえば、偶然ですが、インターネットの進化とコービーのキャリアは、かなり大きく絡んでいると言えるでしょう。

 そしてデビューから、引退までをインターネットの成長時期と共に過ごしてきた彼と僕たちの間には、「NBA史上、最も密な距離感で人生を共に駆け抜けた選手」という特別なコネクションが出来上がったのです。

ネット時代、世界中のファンの身近にいたスター。

 コービーより先に活躍していたマジック・ジョンソンやラリー・バード、そしてマイケル・ジョーダンの時代には、試合の生中継はまだ多くなかったし、インタビューや日々の言動も現地の一部の人々にしか伝わりませんでた。

 コービーは、テレビ、雑誌、インターネットと目まぐるしく進化していくあらゆるメディア・プラットフォームで、世界中にリアルタイムで発信された最初のスーパースターだったと言えます。コービーもこのことを熟知した上で、自分の物語を生きながら、我々に披露していたように思えます。

 そんな時代のスーパースターだっただけに、順風満帆だったと言えない部分も広く世の中に報道された一面もあります。

【次ページ】 プライバシーのすべてが掘り起こされる人生に。

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