球体とリズムBACK NUMBER
紙吹雪と貧富差、痛烈な削り合い。
ボカ対リーベルの熱狂は唯一無二。
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph byREUTERS/AFLO
posted2020/04/05 08:00
世界屈指の名スタジアムと言われるボンボネーラ。スーペルクラシコでのボルテージは想像もしえないものだった。
両軍ファンを隔てる有刺鉄線と警官。
<敷地の問題で東側のスタンドを建設できなかったスタジアムの特異な形状もあり、大事な試合がある日には、ボカ地区全体が振動で包まれる>
どこかで読んだ話は本当だった。気の早い愉快な連中がスタンドで足を踏み鳴らしているのだろう。スタジアムの外まで届く規則的な震えは、入場を待つすべての人々を昂揚させた。
ひんやりとした階段を上がって通路を抜けると、冒頭のシーンが広がっていた。ちょうど選手たちがピッチに入場してくるところだったのだ。
圧巻の光景を目にしてひととき立ち尽くしたあと、自分の席を探すと、そこは両軍サポーターの境界線の近くだった。最上階の狭いエリアに追いやられるように陣取るリーベル・サポーターとボケンセを隔てているのは、厚手のアクリル板と錆びついた有刺鉄線、一列に並んだ警官たちだ。
ギジェルモ・バロス・エスケロットのゴールでホームチームが先制すると、ボケンセたちは鬼のような形相で何かを叫んだり、舌を出して敵を嘲笑したり、卑猥な所作で挑発したりする。
でも後半にリーベルのルチョ・ゴンサレスが同点ゴールを決めると、透明の板の向こうから、ほとんど同じことをされていた。ひとりニュートラルな僕は、そのやりとりを見ながら笑いをこらえ、たまにこぼした。
ガーゴ、マスチェラーノ、サラス。
暖色の光に包まれたピッチで、まだ19歳のフェルナンド・ガーゴがリーベルの10番マルセロ・ガジャルドをタイトにマークする。
こちらも若き日のハビエル・マスチェラーノとルチョのボランチコンビは、アウェーチームを面白くしていたが、リーベルは前線が弱かった。終盤にキャリア晩年のマルセロ・サラスを投入するも、過去のW杯を沸かせたFWは決定打になれなかった。若き日のゴンサロ・イグアインを抜擢する手はなかったか(同じく10代のラダメル・ファルカオは重傷を負っていたけれども)。
最後はアンドレス・グリエルミンピエトロに代わって投入されたマルセロ・デルガドが弓道を想起させるFKを沈めて、ボカが2-1で勝利。ゴール後の名物、ファナティックなサポーターの雪崩──パンクのギグにも似ている──を真下に見て、コーヒールンバ(原題はモリエンド・カフェ)のメロディの応援歌や横浜F・マリノスのサポーターもカバーする怒涛のリズムの名曲は、しばらく耳の奥で鳴りっぱなしだった。
そしてロドリゴが言ったように、大勢の人々が波打ち続けるスタンドのさまは、本当にスタジアムが息をしているように見えた。