球体とリズムBACK NUMBER
紙吹雪と貧富差、痛烈な削り合い。
ボカ対リーベルの熱狂は唯一無二。
posted2020/04/05 08:00
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
REUTERS/AFLO
夕陽の色に染まった無数の紙吹雪がボンボネーラの中空を舞う。ゆっくりと下降していく夥しい数の紙片の先に、ゴール裏の巨大な青い壁が波紋のように揺らめいている。そそり立つスタンドに一片の隙もなく集結した本能的な人々は、声を嗄らして歌い続け、休むことなく跳ね続ける。ずっと見たかった光景だ。
その振動は逆サイドまで伝わってくる。切ない旋律に乗せた応援歌は興奮と旅情を同時に掻き立て、震えているのは足元なのか、それとも自分なのかわからなくなる。涙までは出てこなかったけれど、鼻の奥が痺れ、口の中がからからに乾いていることに気づいた。
2005年5月、ブエノスアイレス──。ボンボンの入れ物、つまりチョコレート箱という愛称を持つボカ・ジュニオルスの本拠地で、僕の五感はこれ以上ないほどに開いていた。まだまだ若かったからかもしれない。
でもあの景色と音を同じ空間で感じて、打ちのめされることのないサッカー好きなんていないと思う。
噂に違わぬ熱狂と感動。
当時アメリカに住んでいた僕は、これを長いモラトリアムの最後と決めて、バックパックを背負って南米へ旅に出た。その最初の目的地で、いくつかの幸運が重なり、念願のスーペルクラシコを体感した。ボカとリーベル・プレートによるアルゼンチンの首都のダービーには、噂に違わぬとびきりの熱狂と感動があった。
物を書いて生きていきたいというおぼろげな想いは、あの時に固まったような気がする。こんな機会だからこそ、振り返ってみる。
「いいわね、チケットの他には絶対に何も持って行っちゃだめよ」と、ベルグラーノ地区で上品な余生を送るカーラは諭すように言った。試合前日のことだ。「パスポート、財布、時計、すべて部屋に置いていくのよ。それから、あなたは写真を撮りたいでしょうけど、カメラなんてもってのほか。あの辺りでは何が起こっても不思議じゃないのだから」
カーラは僕がニューヨークで仲良くなった友人の母で、家の中ではフランス語を話し、日常生活ではスペイン語を使い、僕とは英語で会話をする。ベルギー生まれのブルジョアだから、そんなことを言ったのかもしれない。ボカはブルーカラーに支えられたチームであり、ホワイトカラーの家庭に生を受けた彼女とは相容れないのだ。