球体とリズムBACK NUMBER
紙吹雪と貧富差、痛烈な削り合い。
ボカ対リーベルの熱狂は唯一無二。
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph byREUTERS/AFLO
posted2020/04/05 08:00
世界屈指の名スタジアムと言われるボンボネーラ。スーペルクラシコでのボルテージは想像もしえないものだった。
当時のボカ地区は最貧エリア。
ただし、この忠告は決して的外れなものではなかった。
ボンボネーラのあるボカ地区は当時、ブエノスアイレスの中で最も貧しいエリアのひとつと言われていた。タンゴクラブやバーが並ぶカラフルな古い港町には、昔から粗野な船乗りや労働者が生活しているという。観光地の側面もあるが、ガイドブックには「日が暮れた後はなるべく近寄らないほうがいい」と書いてあるちょっと危うい匂いのするエリアだ。
初めてそこを訪れたのは、カーラからチケットを手渡される日の前日だった。会場のすぐ外にある売場に、望みの薄い幸運を求めてやってきたのだが、予想していたとおり、ソシオ向けのものしかなかった。
仕方なく来た道を引き返していると、煤けた服を着た2人組の少年が威勢よく交渉にやってきた。
「え、100? ペソ?」
「ドラー!(ドルだ!)」
ゴール裏の2階席で100ドル。切り詰めた旅を始めたばかりの自分にとって、安くない金額だった。それに真贋も疑わしい。落ち着きなく返事を待つ彼らに「また来るよ」と言い、ディエゴ・マラドーナの壁画をいくつか眺めながらバス停へ向かった。
しぼんだボールを追いかける子供。
南半球の初冬の肌寒い夕暮れのなか、ボロボロになった野良犬が徘徊する通りは旅人を心細くさせる。しぼんだボールを追いかける子供たちの声は遠くまではかなく響き、壊れた車の上で肩を寄せ合う若いカップルの背中は寂しく見えた。
少しのあいだ、2人組の男が後をついてきたような気がした。崩れかけたレンガ造りの建物の前では、また別の男たちが酒を片手に時間の流れに身を任せている。誰かがこちらに向かって「チーノ!」(中国人という意味だが、東洋人を見ると彼らはそう表現する)と叫び、仲間たちは甲高い笑い声を上げた。
15年前、ボンボネーラはそんな街の一角にあった。