海外サッカーPRESSBACK NUMBER
ミネイロンの惨劇で触れたユーモア。
「アルゼンチン人は泊めちゃダメよ」
posted2020/04/04 09:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Takashi Kumazaki
「行ってみなけりゃわからない」をモットーに、私はせっせと外国に出かけて、スタジアム巡りや草サッカー観戦、サッカー壁画の探索に明け暮れている。物騒なところが多いので面倒なことに巻き込まれもするけれど、やめられない。なぜなら、素敵な出来事も待っているから。
そう、ブラジル・ワールドカップのような。
私はこの大会を、サンパウロの高級マンションに居候しながら観戦した。
予行演習も兼ねて前年にブラジル旅行をした私は、道中でアッパーミドルの若者3人組と親しくなり、「好きなだけ泊まっていけ」という好意に甘えたのだ。そのひとりがラファエルという。
陽気で優秀なビジネスマンである彼らは、大いに働き、大いに遊んで人生を謳歌していた。
そんな彼らに連れまわされ、私はサンパウロの日々を満喫した。今日はクラブへ、明日は友人宅のパーティへ。ブラジル人は日本が大好きなので、どこに行っても私はチヤホヤされた。
だから、ブラジルの惨敗には泣けた。
テーブルに並んだ2枚のシャツ。
ドイツに1-7で敗れた“ミネイロンの惨劇”をスタジアムで見届けた私は、涙の枯れ果てたブラジル人たちと夜行バスに揺られ、翌朝、サンパウロに帰った。
居候宅のリビングは、ビール瓶や宅配ピザの箱が散乱し、ひどい有り様になっていた。
私はいそいそと“最悪のパーティの残骸”を片付け始めた。
寝ているひまはない。昼すぎにサンパウロで、もうひとつの準決勝が始まる。アルゼンチン対オランダ。
ラファはこの試合のチケットを持っていて、当初は「決勝の(ブラジルの)相手を偵察してくる」とノリノリだった。
やがて、3人がもぞもぞと起き出してきた。
いつもと変わらない様子で、「お、片付いてるね」なんて笑顔を見せる。試合の話題は一切出ない。もちろん私もスルー。
朝のコーヒーを飲んでいると、ラファと恋人のマリアがちょっと深刻な様子で話し合っている。それとなく眺めていると、急に「クマならどうする?」とたずねられた。
この日の試合に、どんなシャツを着ていくのか。それが議題であった。
テーブルには2枚のシャツ。1枚はカナリア・グリーン。もう1枚はオレンジ色。
ふむ。ひと息ついて私は言った。「ぼくならオレンジかな」
ふたりもうなずく。「だよねえ。さすがにこれは着られないね」
昨日までのお気に入りが、あっけなくお蔵入りとなった。