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ミネイロンの惨劇で触れたユーモア。
「アルゼンチン人は泊めちゃダメよ」

posted2020/04/04 09:00

 
ミネイロンの惨劇で触れたユーモア。「アルゼンチン人は泊めちゃダメよ」<Number Web> photograph by Takashi Kumazaki

2014年6月25日、日本対コロンビア戦が行なわれたクイアバの町の道路にあるグラフィティ。6回目のW杯優勝を願って、胸元には6つ目の星が描かれたが……。

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熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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Takashi Kumazaki

『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載します! 今回は海外の取材経験が豊富な熊崎敬氏に、思い出に残るエピソードを綴ってもらいました。記憶に新しい“ミネイロンの惨劇”を、現地住民とともに観戦した時間を振り返ります。

「行ってみなけりゃわからない」をモットーに、私はせっせと外国に出かけて、スタジアム巡りや草サッカー観戦、サッカー壁画の探索に明け暮れている。物騒なところが多いので面倒なことに巻き込まれもするけれど、やめられない。なぜなら、素敵な出来事も待っているから。

 そう、ブラジル・ワールドカップのような。

 私はこの大会を、サンパウロの高級マンションに居候しながら観戦した。

 予行演習も兼ねて前年にブラジル旅行をした私は、道中でアッパーミドルの若者3人組と親しくなり、「好きなだけ泊まっていけ」という好意に甘えたのだ。そのひとりがラファエルという。

 陽気で優秀なビジネスマンである彼らは、大いに働き、大いに遊んで人生を謳歌していた。

 そんな彼らに連れまわされ、私はサンパウロの日々を満喫した。今日はクラブへ、明日は友人宅のパーティへ。ブラジル人は日本が大好きなので、どこに行っても私はチヤホヤされた。

 だから、ブラジルの惨敗には泣けた。

テーブルに並んだ2枚のシャツ。

 ドイツに1-7で敗れた“ミネイロンの惨劇”をスタジアムで見届けた私は、涙の枯れ果てたブラジル人たちと夜行バスに揺られ、翌朝、サンパウロに帰った。

 居候宅のリビングは、ビール瓶や宅配ピザの箱が散乱し、ひどい有り様になっていた。

 私はいそいそと“最悪のパーティの残骸”を片付け始めた。

 寝ているひまはない。昼すぎにサンパウロで、もうひとつの準決勝が始まる。アルゼンチン対オランダ。

 ラファはこの試合のチケットを持っていて、当初は「決勝の(ブラジルの)相手を偵察してくる」とノリノリだった。

 やがて、3人がもぞもぞと起き出してきた。

 いつもと変わらない様子で、「お、片付いてるね」なんて笑顔を見せる。試合の話題は一切出ない。もちろん私もスルー。

 朝のコーヒーを飲んでいると、ラファと恋人のマリアがちょっと深刻な様子で話し合っている。それとなく眺めていると、急に「クマならどうする?」とたずねられた。

 この日の試合に、どんなシャツを着ていくのか。それが議題であった。

 テーブルには2枚のシャツ。1枚はカナリア・グリーン。もう1枚はオレンジ色。

 ふむ。ひと息ついて私は言った。「ぼくならオレンジかな」

 ふたりもうなずく。「だよねえ。さすがにこれは着られないね」

 昨日までのお気に入りが、あっけなくお蔵入りとなった。

【次ページ】 ブラジル人がオランダに加勢した理由。

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