マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
部活という日常を生きる高校生たち。
「野球がないと行くとこなくて」
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2020/03/26 07:00
たかが部活、されど部活である。彼らはこの時間をどんな風に振り返るのだろうか。
40人で練習できている奇跡。
その監督さんがこんな話をしていたと、別の選手が教えてくれた。
「当たり前だったことが当たり前にできない世の中になって、オレたちは当たり前や普通のありがたみを忘れるほど、思い上がった人間になっていたのかもしれないなぁ、って」
いつものような、声を張った“訓示”ではなかったそうだ。
「なんか、監督さんが自分自身に向かって言っているような感じで。自分たちも珍しく監督さんの気持ちが伝わってきて、妙にしみじみしちゃいました」
「こないだ、自分フッと思ったんですけど、自分たち、この40人ぐらいで休むこともなくずっと練習続けてきて、コロナにかかったヤツ、誰もいないんですよ。すごいなって思ったんです。これだって、コロナ騒ぎがなかったら当たり前のことみたいに気がつかなかったと思うんです。なんか普通みたいなことも、普通じゃないって気づけるようになってる。敏感になってる……っていうのか、ボーッと生きてないみたいな」
そんなことを言う選手もいれば、
「グラウンドの魔力っていうのか、最強の空間です、グラウンドは」
普通なら、ある意味「気の重い場所」なんですけどね……とつけ加えながら、やっぱり球児は、グラウンドにいる時の顔がいちばん美しい。
高校球児だって社会の一員である。
健康や生命の危険に脅かされつつ、いくつもの制約の中で、自分を自分でも縛りながら暮らしているきのう今日。
ありがたいことに、食べ物だけには事欠かないが、飛んでくるのが弾ではなくウイルスだというだけで、状況としては「戦時」に近いのが、今のこの国と世界の状況のほんとのところであろう。
高校球児たちだって間違いなく、その社会の一員である。
今の世の中の不自由さ、不条理さの中で耐え忍びながら、高校球児の彼らも、学校という“空間”だけではなかなか学べないことを学習しながら、日々少しずつ成長しているようである。