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メジャーリーグに走った激震の正体。
「サイン盗み」はなぜアンフェアか。 

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小西斗真

小西斗真Toma Konishi

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posted2020/02/13 07:00

メジャーリーグに走った激震の正体。「サイン盗み」はなぜアンフェアか。<Number Web> photograph by Getty Images

2017年のワールドシリーズ第3戦、アストロズ戦に先発したダルビッシュは2回途中4失点で降板。「球種を読まれた」とも報じられていたが……。

2017年、ダルビッシュの言葉。

 しかし、悪魔と契約してサインを盗もうとする野球人は、昔も今も存在する。以前、筆者は現役、OBのプロ野球選手に高校時代のサイン盗み経験の有無を尋ね、レポートした。NPBでも過去にうわさのあったチームはいくつもある。「勝ちたい」「打ちたい」の先にある「球種を知りたい」が、なぜ無くならないかといえば、捕手からのサインそのものは投手の延長線上、つまり二塁走者やバックスクリーン付近からは容易に見ることができるからだ。

 サイン盗みがアンフェアとされる理由もそこにある。守備側が防ぐのが困難だから(乱数表を使えば、試合時間は長くなる)であり、攻守が入れ替わる野球ではお互い様、果てしない盗み合いとなってしまうからだ。

「僕が打たれたのがくせを見抜かれていたからなのか、テクノロジーによるものだったのかを知りたい」

 ドジャースに在籍していた2017年のワールドシリーズで、アストロズに打ち込まれたダルビッシュはこう話した。くせは探究心で見つけられる一方、努力と工夫で隠せる。しかし、サイン盗みはテクノロジーによるものではなくても(二塁走者からの身振り手振りでも)許されない。ちなみに、このシリーズでダルビッシュは第3戦と7戦に投げているが、第7戦はドジャースのホームゲーム。要するに、アストロズがテクノロジーを使った球種の伝達をするのはほぼ不可能である点は書いておきたい。

 先に挙げたペナルティだけでなく、名声に大きな傷を負うことと照らし合わせれば、どう見ても割に合わない企みだ。にもかかわらず、何人かの野手が主導した。そしてGMや監督だけでなく、チームスタッフのほとんどは気づいていたに違いない。

スポーツ界に限った話ではない。

 最後に2017年のアストロズ打撃コーチ補佐で、今シーズンから古巣の中日で巡回打撃コーチを務めるアロンゾ・パウエルのコメントを紹介する。

「自分が何を見たか、そしてこのことをどう思うか。残念だけど、それを答えるわけにはいかないんだ。MLBとの約束だからね。ただ、一つわかってもらいたいことがある。僕がもし、悪いことをしていたのなら今、ここにはいないということだよ」

 この言葉を聞く限り、MLB機構から事情調査をされている。誠実に答える代わりに、積極的な関与はなかった点は認められたのだろう。翌シーズンからジャイアンツの打撃コーチに転出したことも、これ以上関わり合いたくないという思いがあったのかもしれない。

 主導、追随、関与、黙認、拒絶、告発、糾弾。属する組織が不正に手を染めたとき、個人の良心と倫理観が問われる。そこにはいくつもの段階があり、どれを選んでも楽ではない。それはスポーツ界のみならず、あらゆる企業とそこで働く社員にも時として起こりうることではないだろうか。

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#ヒューストン・アストロズ
#ダルビッシュ有

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