マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
千丸剛を「本物」と感じた者として。
野球を人生の全てにしてはいけない。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2020/02/06 11:40
2017年夏、中村奨成を擁する広陵を倒して甲子園の頂点にたどりついた花咲徳栄。千丸剛はそのまさに中心選手だった。
この選手はホンモノだと思った。
とにかく、野球の上手い選手だった。
バッティングだけじゃない。フィールディングも間違いがないし、何より、自分の才能に寄りかかることなくスピーディーにしかも丁寧に、用心深く打球を処理していたのが、千丸剛だった。
インプレー中だけじゃない。
ライト前に抜けたヒットの返球を受けて、そのボールをベンチへ戻すような、ついつい適当にヒョイと投げてしまいそうな場面でも、ベンチ前で待つ選手にピュッと指にかかったボールを相手の顔の前にきちんと投げ返していたのが、今さらながらに強く印象に残っている。
「君は“野球上手”だねぇ」
感心して声をかけたら、「どういう意味ですか?」と返されたので、この選手はホンモノだと思った。
理解できても、できなくても、なんでもハイ! ハイ! で済ませてしまう球児がほとんどの中で、納得がいかないことはちゃんと聞き返して、理解につなげる。
当時のチームには、いずれプロに進むことになる選手が、3年生に2人、2年生と1年生に1人。高校から即プロではなくても、いずれはオレだってプロで……自己主張の強烈な腕利きぞろいのチームを束ねていくには、キャプテン本人にも相応の“毒”が必要だ。
野球上手の意味を伝えて、感心したことを具体的に伝えた時の、わが意を得たり! と言わんばかりの弾けた笑顔を、今でも覚えている。
監督が感じていた頼りがいと危うさ。
「このチームは、千丸がキャプテンだから成立している。そういう側面は間違いなくありますね」
ちょっと気むずかしいところもあるんですけどね……。
そう言いながら、岩井隆監督もすごく頼もしそうにしていたものだ。
今度の事件の真相をすべてわかっているわけではないが、あれだけ野球に魅入られていたヤツがその野球を手離し、また、ほかの「野球の道」が開けることもなかったのだから、きっと、よほどのことがあったのだろう。
あれだけ野球を大切にしていたヤツが、その“宝物”をなくしたわけだ。本人の喪失感や絶望感は、想像を絶するものだったに違いない。
失意、捨てバチ、破れかぶれ、ヤケのやんぱち……自分で自分をどうにもコントロールできない状況に陥っていたことは想像がつく。