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堂安律&食野亮太郎をタフにした
G大阪U-23と、育成リーグへの懸念。
posted2019/11/25 08:00
text by
下薗昌記Masaki Shimozono
photograph by
J.LEAGUE
今年でJ3リーグに参入して4年目となるガンバ大阪U-23。このガンバ大阪の弟分はセレッソ大阪U-23やFC東京U-23と比べると、最もJ3リーグを戦う恩恵を受けたクラブだと言っても過言ではないだろう。
順位だけを見れば昨年の6位が最高成績だが、J3のカテゴリーを経験した若手から既に何人かが世界に羽ばたいている。
堂安律は2016年のルーキーイヤーこそトップチームに定着しきれなかったが、J3リーグで21試合10得点。別格の存在感を見せ、翌年には早くもオランダへと旅立った。
今年1月の始動段階ではJ3を主戦場とした食野亮太郎もJ3リーグで8試合8得点。早々にガンバ大阪U-23を「卒業」する格好となり、トップチームで輝きを放ったかと思えば、8月にマンチェスター・シティに完全移籍。現在はスコットランドリーグのハーツに期限つきで移籍し、U-22の日本代表に選出されるまでに成長した。
「練習試合とは全く緊張感が違う」
食野と同様に始動段階ではトップチームに絡めず、ガンバ大阪U-23でさえ開幕当初はレギュラーを取りきれていなかったプロ2年目の福田湧矢も、トップチームで代表キャップを持つ藤春廣輝を脅かす存在に成長した。福田は言う。
「J3を戦った経験があるからこそ、今の自分がある。練習試合とは全く緊張感が違うので」
このリーグで、いい意味での場違い感を醸し出していた堂安は別格だが、食野や福田らはJ3リーグが持つ特殊な環境で身も心も磨いてきた。
伝統的に足元の技術に長けた選手を輩出してきたガンバ大阪ユースだが、ややもすると現代サッカーにおいて不可欠なハードワークやフィジカルコンタクトを弱点とする若手が多かったのも事実。今季からガンバ大阪U-23を率いる森下仁志監督は球際の激しさと個の仕掛けを選手たちに求めており、指揮官にとってもJ3リーグのカテゴリーは渡りに船だったのだ。