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“ZOZOマリン最強の売り子”なな。
これは、もう1つのペナントの物語。 

text by

村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

PROFILE

photograph byYuki Suenaga

posted2019/11/07 19:00

“ZOZOマリン最強の売り子”なな。これは、もう1つのペナントの物語。<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

広いZOZOマリンを、樽を背負ってひとり歩く。それはもはや徳川家康「重荷を負うて遠き道を行くがごとし」の境地。

100杯で一人前、200杯売れば一流。

 なんとなく野球が好きで、マリーンズが好きで、球場も近所だからと、昨夏からはじめた売り子のバイト。

 200杯を売れば一流、100杯売れば一人前と言われる売り子の世界。バイト初日は30杯と惨敗し、その後も100杯にも届かなかった自分が、総勢146名が競い合うこのペナントで、相手になんてされるはずもなく、開幕前までは自分とは関係のないものだと思っていた。

「ただですね、この3・4月でさやかさんが圧倒的な力で勝ち抜けただけでなく、ほかのアサヒの先輩たちもすごい頑張っている姿を見て感銘を受けたんです。どうせ売り子をやるなら、ただやるよりも一生懸命やってみたい。自分も頑張ってみようかな……といつしか考えるようになっていました」

 5月。若葉の季節。さわやかになるひととき。首位はマリンのレジェンド近藤晃弘さん(24年目/コカ・コーラ)が貫禄の1位抜けを果たした。その陰で、ななは、はじめてランクインしている。

「やった! 載った! わーい! という感じでした。自分の中でも頑張れたと思える1カ月だったので嬉しかったですね。一度も休まなかったんですよ。やっぱり、杯数を意識する上では、試合に出ることが大前提。1日休んでしまうと約100杯近く差がついてしまいますからね。

 先輩たちの動きを研究してみると、常連さんを多く抱えている分だけ、杯数が安定していらっしゃるんです。私はまだはじめたばかりですし、まずは勝負より土台を作ること、休まずに出勤して1人でも多くのお客さんに顔を覚えてもらうことからはじめようって思ったんです」

小さい頃、マリンで会ったお姉さん。

 売り子は1杯いくらの歩合で生きている。スタンドでは誰でもひとりきり。限られたパイを奪い合うシビアな戦いの場は、たとえ“ペナント”という仕掛けがなくとも、自分なりに戦う術を身につけなければ生き残ることはできない。

 ななは考えた。どうすれば先輩たちのように顔を覚えてもらえるのだろうか。思い返したのは幼い頃、家族で野球を観に来たマリンスタジアムの光景だった。そこには、いつも笑顔で明るく接してくれていた売り子のお姉さんがいた。彼女たちのことは今でもハッキリと覚えている。

 やさしくて、かわいくて、その笑顔にこちらまで楽しくなってしまうようなお姉さん。

 そうよ、大切なことは「お客さんに楽しんでもらいたい」という気持ちになること。ななは自分なりのルールを課した。

一、 笑顔を絶やさずにいること
一、 目を見てちゃんと会話をすること

「特別なことなんてできないです。だから2つだけ。笑顔を絶やさないこと。ニコニコニコニコしていたら、一緒にニコニコしちゃいますよね。だから、私はどんなときでも笑顔でいようと決めたんです。スタンドだけじゃなくても、人がいる場所ならコンコースでもバックヤードでも、ずっと笑顔でいるようにしました。

 大事なのは盛り上がりに欠けて、ビールも売れない試合。重い樽がさらに重く感じられて、気を抜くと疲れた顔になりがちなんですけど、そういうときこそ明るく、笑顔を絶やさない。基本的なことだけど、これが一番難しいんですよ」

 技があってもそれに見合う精神力がなければダメよ――。

 お蝶夫人の言葉を借りるのであれば、泡を注ぐ技術や、お客さんを見つける鷹の目があったとしても、お客さんにお客さんに気持ちよく買ってもらう気持ちがなければ次はない。

 ななにとって、笑顔は打席に立つための最低限の条件だった。

【次ページ】 重度のマリーンズファンがプラスに。

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