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“ZOZOマリン最強の売り子”なな。
これは、もう1つのペナントの物語。

posted2019/11/07 19:00

 
“ZOZOマリン最強の売り子”なな。これは、もう1つのペナントの物語。<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

広いZOZOマリンを、樽を背負ってひとり歩く。それはもはや徳川家康「重荷を負うて遠き道を行くがごとし」の境地。

text by

村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

PROFILE

photograph by

Yuki Suenaga

「ペナントレースが終わって徐々にですけど、優勝したっていう実感が湧いてきたような気がします。まだ2年目の私が勝てたことは周りの人たちの助けがあったおかげです。支えてくれたお客さんに、仲間や先輩たち、裏方さん、家族……すべての人たちに感謝を捧げます」

 シーズンオフのZOZOマリンスタジアム。人気のない記者会見場で深々と感謝の辞を述べる彼女の笑顔は、インタビュー中、一度だって途切れることはなかった。

 彼女の名前は「なな」。22歳。昨シーズン後半に名門アサヒビールに加わった2年目のフレッシュ売り子。

 千葉で生まれ千葉で育ったドジでお茶目な野球好きは、野球部マネージャーを務めた高校時代にマリンのウグイス嬢を経験するなど、ZOZOマリンを聖地として育ってきた純正の千葉娘。

 2019年。売り子界においてまったく無名の存在であった彼女が、荒廃の中から健全な精神を培い、わずか1年にして、ZOZOマリンの強豪、難敵、レジェンド売り子をなぎ倒し、新・女王の座につくという奇跡を起こした。

 もうひとつの知られざる戦い“売り子ペナントレース2019”。この物語は熱血売り子たちの記録である。

スーパースター、今井さやかの存在。

 昨年に引き続き2年目の開催となったこの売り子のウィンブルドンともいうべき大会は、ZOZOマリンのスタンドを根城にするアサヒ、サッポロ、キリン、サントリーのビール各社、ソフトドリンクのコカ・コーラに清酒大関、やっぱり俺は菊正宗の各社が参加し、マリンのスタンドを舞台に誰が最強の売り子なのかを決定する日本で唯一の催しである。

 ルールは昨年から変更となり、3・4月〜8月までの毎月、月間1位の杯数を売り上げた5人が勝ち抜け、9月の1カ月で優勝決定戦を行うことになった。

 さらには昨年までの“5年目まで”という年数制限が取っ払われたことで、勤続年数・売る商品によって斤量が変わるハンデ戦へと変わっている(1年目は売上杯の150%、2年目140%、3年目130%、4年目120%、5年目以上なし。コーラ・日本酒は200%)。

 開幕前に大本命と目されたのは、ZOZOマリン売り子界の名門アサヒビールの女王・今井さやか(12年目)。元カンパイガールズのリーダーにして、台湾ラミゴモンキーズの「LamiGirls」も兼務するスーパースター。

 もしスタンドがお花畑だとしたら、さやかさんは蝶。風も起こさず静かに舞う美しいアゲハ蝶。蝶のように舞い、蜂のように注ぐ。その美しいプレースタイルに魅入られた常連さんやファンは数知れず。

 ななにとって同じアサヒの大先輩でもある今井さやかは、遠くから見て憧れるだけの存在。お蝶夫人に憧れる岡大海……もとい岡ひろみのようなものだった。

「私にとってはさやかさんは、雲の上の存在です。やさしくて、気さくで、かっこよくて、笑顔がステキで。格が違うっていうか、ベテランなのに決して偉ぶらず、こんな新人の私にもフランクに声を掛けてくれる。

 ペナントレースがはじまっても、いきなり最初の3・4月でバーンって1位で抜けたんですよ。すごいなぁ……すごいなぁぁぁ! って見ていたんですよ。え、私ですか? 全然です。ランキング内にも入れませんでしたし、ペナントで勝ちたいとも勝てるとも思っていませんでした」

【次ページ】 100杯で一人前、200杯売れば一流。

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