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<WBSCプレミア12プレビュー>
坂本勇人「5年間の成長の軌跡」
posted2019/10/31 11:30
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph by
Nanae Suzuki
巨人監督の原辰徳の脳裏には、坂本勇人の強く焼き付けられている姿がある。
それはいまから11年前、2008年の初夏の甲子園球場だった。プロ2年目の坂本が、打席で凡退して三塁ベンチに戻ると、ベンチ上のファンから口汚いヤジが飛んできた。もちろんそのヤジは坂本にも、そしてベンチにいた原の耳にも否応なく突き刺さった。
「そりゃあもう、頭にくるような言葉ですよ」
原は振り返る。
「でも、俺はさ、そのとき勇人を見ていたんだ。コイツ、どんな反応をするのかなって。無視して何も聞こえなかったフリをするのか。それともまだまだ10代のヒヨっ子ですから、威圧されてちょっと怯んだ表情を見せるのか……。そうしたら、勇人はその瞬間にヤジを飛ばした男のほうにキッと目線を上げて、睨み返したんですよ。その強い表情を見て、俺はこの選手は成長するなって思った。必ず将来、チームを引っ張っていく中心選手になれる気持ちの強さと根性を持っているって確信した」
「来年からキャプテンは坂本勇人」
それから6年後に、原はその確信を実現すべく、チームの中での具体的な役割を坂本に与えた。
「勇人、ちょっとおいで」
2014年、リーグ3連覇を果たしたオフのハワイ優勝旅行でのことだった。食事会場で坂本を壇上に呼んだ原は、こう宣言した。
「来年からキャプテンは坂本勇人。内海(哲也)や(阿部)慎之助とも話をして、坂本勇人をキャプテンにすることにしました。異議ありませんか? 異議がなければ拍手をいただけますか?」
優勝旅行に参加していた選手、スタッフとその家族から満場一致の喝采が湧き上がり、坂本勇人は原が6年越しで描き続けたチームを引っ張っていく中心の選手として指名されたのである。
「もちろん開幕戦だとか、何かチームに問題が起こったときとか、選手を集めて僕が話をすることはあります。でも、基本的に僕は言葉で引っ張っていくリーダーっていうのはいないと思うんです。背中で引っ張っていけなければ、本当の意味でのリーダーにはなれない。だから自分自身の野球をしっかりやって、結果を残すことがキャプテンとして大事なことだと思っています」
それから5年。これが今の坂本のキャプテン論だが、就任当時の坂本はある意味、その背中で引っ張るためのバットマンとしては低迷期を過ごしていた。
プロ2年目の'08年に巨人の遊撃のレギュラーポジションを手にすると、翌'09年には打率3割6厘、18本塁打を記録して、一気にスターダムを駆け上がった。その後も'10年には31本塁打を放ち、'12年には打率3割1分1厘で173安打を放って僚友の長野久義とともに最多安打のタイトルを分け合った。
だがそのシーズンを頂点に、その後の3年間の打撃成績は低め安定。キャプテンに就任した'15年のシーズンも打率2割6分9厘の12本塁打と、「背中で引っ張る」姿にはとても及ばない成績しか残せていなかったのである。