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さくらジャパンに欠けた「ラストピース」。
“元”不動のキャプテン・内藤夏紀が想うこと。
text by
別府響(文藝春秋)Hibiki Beppu
photograph byYuki Suenaga
posted2019/11/30 11:00
故障での長期離脱に危機感はあるが。
その後も代表チームの活躍は続き、9月のSOMPO CUP 女子ホッケー4カ国いばらき国際大会でオーストラリアを破って優勝。勢いそのままに11月のテストマッチでは強豪ドイツに勝利し、同月に中国で行われたチャンピオンズトロフィーでも再度、オーストラリアを撃破した。2019年に入ると3月には、U-21日本代表との試合でも多くの観客を集めた。
しかし、内藤の日本代表での歩みは、いまのところそこで止まっている。
理由は、ひざに抱えた故障の影響だ。
リオ五輪直前の2015年に負ったひざの前十字靭帯断裂という大けがの影響から、今度は半月板に痛みが出たのだという。
「最初は手術をするかどうかも悩みました。もう来年は五輪の本番ですし……難しい選択でした。でも、来年に向けて万全で動けるようにするために、思い切って手術を選択したんです。リハビリ含めて少し長くピッチからは離れてしまうんですけど、2020年の1月か2月には復帰予定なので、そこから調子を上げてまた、代表に合流できるようにしたいです」
もちろんこのタイミングでの長期離脱に、危機感はあるという。長らくキャプテンを務めていたからと言って、代表の席が確約されているわけではないからだ。
「特に監督がアンソニーに変わってからは、みんないつ代表に選ばれるか分らないし、誰も安泰ではないので、不安はもちろんあります。でも、逆にそういう状況に置かれるというのは刺激にもなるし、考え方次第ではプラスになるかなと思ってます」
客観的に見れば、いまの内藤の置かれた状況は、決して楽なものではない。五輪前年にけがで代表を離れるというのはシンプルに怖さもあるだろうし、加えて前回五輪の直前にも大きなけがで代表入りを逃している経緯もある。本人としても忸怩たる思いが強くあるのは想像に難くない。
ただ、そんな状況だからこそ、かえって内藤の内面の強さが良く見えた気がした。
終始落ち着いた語り口で、時折京都弁を交えて語る内容は、実に冷静に状況を俯瞰していた。一見するとそこには焦りや、恐れを感じることはなく、聞いているこちらもなんだか「きっと五輪では、何事もなかったようにピッチに立っているんだろうな」という不思議な想いが出てくるようだった。
金メダルへ、手応えがあるからこそ。
来季に向けた気が早い質問にも、あっけらかんと答えてくれた。
――ご自身のけがもありますけど「目標、金メダル」というのは揺るがないですか。
「そうですね、ハイ。手応えはありますから。決勝で(世界ランキング1位の)オランダと戦いたいなと思いますね」
きっと試合中もこうしてチームの最後尾から、穏やかに、適確に、自信を持った声をかけることで、多くの前線の選手に落ち着きを与えていたのだろう。図らずも、そんな稀有なキャプテンシーが感じられた。
大舞台で最も重要なのは、いかに焦らずに自分たちの実力を100%発揮するかどうかだ。そういう場面で、内藤のもつ滲み出る安定感はチームに不可欠なものだろう。
だからこそ、思う。
策士でもあるアンソニー監督は、きっと東京五輪本番に向けて、さまざまな想定をしていることだろう。頭の中で色々なパズルを用意し、最終的に最も美しく組みあがる形を作るべく、日々試行錯誤しているはずだ。
ただ、それでも。
五輪に向けた最後の1ピースは、彼女のために空けてあるような気がしている。