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サニブラウンの言葉でわかること。
100m走はなんとも緻密な競技である。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byNanae Suzuki
posted2019/07/01 18:30
直接対決で、日本最速を証明したサニブラウン。彼の目は世界選手権を視野に捉えている。
50m地点で、勝利を確信。
そして持ち味の中盤から、後半。
決勝で勝利を確信したのは、50m地点だったという。
「顔を上げた時には、勝ったかなと」
中継局だったNHKの放送では、サニブラウンが最高速度に達したのは60m付近だったが、そこに到達する前の加速フェイズで勝ちを確信していたことになる。
スプリンターにとって、エキサイティングな瞬間だろう。
NHKのデータによれば、2着に入った桐生もほぼ同じ地点で最高速に達していたが、そこから失速を描くカーブがサニブラウンと桐生では違った。
サニブラウンはトップスピードを維持する時間が少しだけ長い。
サニブラウンの強みは、「巡航速度」が他の日本の選手たちより少しだけ長いということであり、その少しだけが勝敗を決する世界だ。
決勝では、サニブラウンの持ち味である終盤にも課題があったという。
「70mあたりで顎が上がってしまったので、終盤の加速が十分に出来なかったのかな、と思います。全米大学選手権の時と、同じようなミスをしてしまって」
もしも、顔の角度を理想形に保っていたとしたら、終盤でスピードの維持がさらに続き、幾らかタイムが縮まっていた可能性がある。
サニブラウンが100mの魅力を伝えてくれる。
今回、サニブラウンの話を聞いて印象的だったのは、自分の技術的な課題をすべて言葉に置き換えてくれるので、この種目の魅力、難しさの伝達者になっていることだ。
ダイナミックな競技である100mが、繊細さを要求されることが分かってくる。
スタート時の集中力、加速フェイズにおける顔、顎の角度、他の選手との位置関係。ひとつのミスがタイムのロスにつながり、勝負にも影響を与える。
また、100mには神経戦の要素もある。
『ウサイン・ボルト自伝』を翻訳した時に驚いたのは、ライバルであるジャスティン・ガトリン(アメリカ)がレース前、ボルトの走るレーンに向けて、唾を吐きかけたというエピソードだ(ボルトはユーモアを持ってそのレースのことを振り返っている)。
あらゆる要素が10秒の中に凝縮されていき、現場の観客、テレビの前の視聴者を釘付けにする。
100mは、深い。