スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
上原浩治はひたすらカッコよかった。
低すぎる自己評価を力に変えた男。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byAFLO
posted2019/05/28 10:30
2013年、ア・リーグチャンピオンシップMVPの表彰式で。手前は息子の一真くん。
ボールの軌道を操るミリ単位の繊細さ。
振り返ってみれば、ブルペンは彼の天職だった。
メジャーリーグに移籍すると、誰もがボールの革の質、マウンドの硬さに適応するのに苦労するが、踏み出した左膝を高くキープする上原のフォームは、硬いメジャーリーグのマウンドにフィットした。
さらに上原は「指先」の感覚、繊細さにかけては、おそらくメジャーリーグで5本、いや3本の指に入る名人だった。
フロリダのキャンプ地で、上原は私にボールを握りながら「講座」を開いてくれた。
「縫い目にかけた中指をこう、ちょっとだけ動かします」
たぶん、数ミリだった。
「中指をこれだけ動かすと、バッターの手元では軌道に大きな変化が出ます」
驚いた。
数ミリの握りの違いによって生まれる軌道の変化を、上原は可視化していた。
だからこそ、ストレートとスプリットというふたつの球種しかないにもかかわらず、2013年にはボストン・レッドソックスのクローザーとして世界の頂点に立つことが出来たのだ。
思い出すだけで震えがくる“最高傑作”。
上原の“最高傑作”は2013年のポストシーズンにとどめを刺す。
しかしワールドシリーズではない。アメリカン・リーグのチャンピオンシップシリーズ(ALCS)のデトロイト・タイガースとの戦いは、思い出すだけで震えがくる。
このシーズンのタイガースのラインナップは、
1番 オースティン・ジャクソン
2番 トリ―・ハンター
3番 ミゲル・カブレラ
4番 プリンス・フィルダー
5番 ビクター・マルチネス
6番 ジョニー・ペラルタ
という打線で、これだけ破壊力のある打線には、滅多にお目にかかることが出来ない。
シリーズは4勝2敗でレッドソックスが勝ってワールドシリーズに駒を進めたが、上原は1勝3セーブと勝利した試合にすべて登板。6イニングスを投げて失点はなく、奪三振は9、四球を与えたのはゼロ。
圧巻の制球力で強力打線を抑え込み、上原はALCSのMVPに輝いている。