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小学生サッカーでも飛び交う大金。
喜熨斗勝史の中国育成改革・後編。
text by
西川結城Yuki Nishikawa
photograph byTakuya Sugiyama
posted2019/05/26 11:05
喜熨斗勝史は現在、広州富力でコーチを務めている。大金が動く中国サッカーのダイナミズムを体感する貴重な日本人だ。
ユース年代の代表に選手を輩出。
大国に浸透する文化、価値観をサッカーの世界だけで変えていくことは、途方に暮れるほど難しい作業だ。喜熨斗たちは自分たちが置かれた環境下でだけでも、まずは育成の本質を見失わずに行動していくことを強く意識し指導にあたっている。
そうした地道な作業は、少しずつ芽を出し始めている。広州富力のアカデミーは現在、U-15年代以上のチームはすべて各世代のトップリーグに所属。ここ数年、下の世代で育った選手が高校年代になり力を発揮している。また中国のユース年代代表にも選手を輩出した。
「着実に良い選手が育ってきていることが、僕らにとっても大きなモチベーションです」と喜熨斗は頬を緩める。
ムサ・デンベレが「素晴らしい」。
喜熨斗がヘッドコーチを務めるトップチームには今季、プレミアリーグのトッテナムからベルギー代表MFのムサ・デンベレが加入した。恵まれた体格をベースに、足元のテクニックと守備力も兼備したプレーヤー。2014年ブラジルW杯と2018年ロシアW杯にも出場している。彼が喜熨斗の指導を見聞きし、話しかけてきたという。
「ムサが熱心にこう言ってくれたんです。『こういうテクニックを大切にしたトレーニングはすごくいいし、それを育成年代で明文化して共有していることも素晴らしい』と。さらに彼はこんなことも話していました。
『(同じベルギー代表の)ロメル・ルカクは今や世界的なFWですごくパワフルないい選手。ただ自分が思うのは、ルカクはここの育成でやっているような丁寧な技術や戦術トレーニングを積んでいれば、きっとクリスティアーノ・ロナウドを超えるような選手になっていたと思う。彼は良くも悪くも、自分のフィジカルを押し出してプレーしてしまうので、苦しむこともある。どんな選手にも、若い頃に技術を学ぶことが大切だと思う』。この言葉には勇気をもらいましたね」
連日多忙を極める毎日。午前中にトップチームの練習があり、午後はピクシーらコーチ陣とのミーティング。夕方からは育成アカデミーの指導にあたり、その後アカデミーのコーチらとも打ち合わせ。帰宅し、直近のトップチームの対戦相手を分析し、床に就く。「一日24時間では足りないですね」と笑いながら語る。大変だが、一方で異国の地でやりがいも感じている。