Overseas ReportBACK NUMBER
北京五輪4継の日本の“繰り上げ”銀。
原因の選手は「何も話したくない」。
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byAFLO
posted2019/05/18 17:00
世界リレーの会場で、「繰上げ」銀メダルを授与された、(左から)朝原宣治、高平慎士、末續慎吾、塚原直貴。
反省でも無実の訴えでもよかったのに。
カーターが、まるで初めてその質問をされたかのような表情を見せたのに驚かされた。一般的にドーピングで処分された選手たちは、使用した理由がどんなものであっても定型句の答えを持っている。
「自分はすでに処分期間を終えた」
「コーチやトレーナーにはめられた」
「自分はやっていない。何かのまちがいだ」
そんな言葉をこれまで何度も何度も耳にした。世界リレーという世界の舞台に出てくる以上、ドーピングに関する質問はある程度予想できたはずだ。でも、カーターの表情には戸惑いしかなかった。
ジャマイカではドーピング関連の質問をされなかったのか。
ドーピング関連の質問をされることを予想していなかったのか。
金メダルを剥奪されたことを責められたことはなかったのか。
日本やほかのチームが被害に遭ったこと、彼らに対する申し訳なさなどは感じていないのか。
薬物を使用したなら「反省している」と、無実ならばそれを訴えればいい。何も話さないのが最も卑怯な気がする。
足早に立ち去るカーターの背中を見ながら、胸にざらりとした感触が走ると同時に、怒りを感じた。日本の4人がこの場にいたらどうなっていただろう。そう思うと同時に、彼らがここにいなくて良かったとも思った。
カーターへの失望と安堵から大きなため息が出た。
繰り上げで笑顔が戻るわけではない。
2017年ロンドン世界陸上の場で、今回と同様に2007年世界陸上以降にドーピングの違反の影響で順位が繰り上がった選手たちの表彰式が行われたが、メダルを受け取った選手たちはみな心からの笑顔ではなかった。
大阪世界陸上女子1万m銅から銀に繰り上がったアメリカのガウチャーは、「ずっと、自分は実力がないのに運でとれたメダルなんじゃないかと思っていた。でもあの時に銀メダルだったら、その後、もっと自信を持って競技人生を送れたと思う」と泣きじゃくった。
北京五輪4×400mリレーでメダルを逃し、繰り上げで銅メダルになったイギリスの男子選手は「レース後に悔しくて、着替え場所の椅子を蹴った。今もはっきり当時の悔しさを覚えている」と言いながら号泣した。