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「セナの死」は生かされているか?
F1でマンホール蓋直撃の珍事故。 

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尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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posted2019/05/07 11:05

「セナの死」は生かされているか?F1でマンホール蓋直撃の珍事故。<Number Web> photograph by AFLO

財政難もあって苦戦続きのウイリアムズに手痛い事故。レース主催者が損害を補償すると伝えられた。

ウイリアムズがスーパースターを失った、あの日。

 クレア・ウイリアムズがこの事故に神経を尖らせたのは、高価なモノコックが損傷を受けたことだけが理由ではなかった。いまから25年間前のサンマリノGPで、ウイリアムズは稀代のスーパースターであるアイルトン・セナを失っていたからだった。 

 1994年5月1日にイタリアのイモラで開催されたサンマリノGPで、トップを走行していたセナが駆るウイリアムズのマシンは、タンブレロと呼ばれる高速コーナーで、突然コントロールを失う。時速200km以上のスピードでコンクリートウォールにクラッシュしたセナのマシンは大破し、セナは意識不明のまま近くの病院に救急搬送されたが、意識を取り戻すことなく息を引き取った。 

 当時17歳だったクレア・ウイリアムズはまだレースの世界に足を踏み入れていなかったが、チームの創設者である父親のフランク・ウイリアムズが事故の責任を負わされ、イタリアの検察から過失致死罪で起訴されていたことは、同じ屋根の下で暮らす娘として忘れられない記憶となった。 

事故の責任はサーキットだけか。

 その後、FIAはさまざまな安全対策を行い、即死となるような大事故はセナ以降起きていない(ジュール・ビアンキは事故の9カ月後に死亡)。そんな中での事故に、F1界は騒然とした。 

 FIAのレースディレクターのマイケル・マシは「われわれFIAは木曜日にコースチェックを行っているが、マンホールなどの安全性に関する部分はサーキット側の責任」と責任の所在がサーキット側にあることを示唆。後日、サーキット側が「今回の事故はわれわれの責任」と過失を認め、アゼルバイジャンGPで起きた問題は収束しつつある。 

 確かにFIAが指定した基準どおりの施工を怠っていたサーキット側の責任は重い。だが、現役最年長のキミ・ライコネンが「これは決して起こってはならない事故。サーキットの安全性を最終的に管理するのはFIAの責任」と非難したように、FIAにまったく責任がなかったわけではない。 

【次ページ】 セナの事故から25年。

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