話が終わったらボールを蹴ろうBACK NUMBER
大久保嘉人はまだ終わっていない。
今季“0点”でも笑顔でプレーする理由。
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byJ.LEAGUE
posted2019/04/09 11:00
6月で37歳となるが、今も闘争心の旺盛さは健在。大久保嘉人はゴールと勝利のために牙を研ぎ続ける。
苦戦が続くも、悲壮感はない。
大久保自身もチームの不振に引っ張られるように今シーズン、ノーゴールだ。
6試合でシュート数は8本。川崎時代は1試合で4、5本のシュートを打っていたが、今は1試合2本も打てていないのだ。
「昨年からだけど、磐田に来てからシュートもゼロも多いからね。そりゃストレスもたまるし、頭がおかしくなりそうな時もあるよ」
大久保は、そう苦笑する。
「ここで(中村)憲剛のようなスルーパスを求めているわけじゃないからね。もともと俺はスルーパスで点決めているのって、そんなにないんですよ。ただ、偶然みたいなチャンスではなく、みんなでイメージを共有して、みんなで動いてやろうよって言っているだけなんやけど……うーん、余裕がないというか、自分のことばっかりで……」
困惑した表情を浮かべる。
だが、話をしていると大久保の雰囲気がちょっと違うのに気が付いた。
いつもの大久保ならうまくいかない現状にイラつき、機関銃のように不満が口からこぼれてくる。しかしこの時の大久保の表情には、悲壮感も陰鬱さもなかった。むしろ、今の困難な状況を少し楽しんでいる感じなのだ。
「FC東京での経験があるからじゃない?」
大久保は、そう言った。
芽生えた“教える”という感覚。
川崎で4年間プレーした後、マンネリを嫌い、成長を望む男が選んだ先はFC東京だった。FC東京は選手間の仲が良いが、それが課題でもあった。穏やかな雰囲気のチームに大久保は自ら毒となり、チームを戦う集団に変えるためにと移籍を決めた。しかし、最終的にチームを改革することはできず、ゴール数も激減した。
「FC東京では何もできんかったし、うまくいかなかった。それはそれでいい経験になったよ。磐田では、変えるというよりも教えるって感じ。例えば、俺が持っていたボールを味方に預けて、もう1回もらいたいと思うじゃないですか。でもボールを受ける体の向きとかが悪いんで、慌てて受けて、しかも見えてないところに適当にボカーンって出すんですよ。そういうミスはやめようや、体の向きはこうすればいいからって言っている。
そういうことも含めて、なんか高校生にサッカー教えている感じで、それがけっこう楽しくなってきている。教えて、うまくいった時の喜びが半端ないんでね(笑)」
そう語る表情にはギラギラしたものはなく、指導者のような優しい眼差しだった。大久保は、サッカー選手として自分が輝く以外の別の喜びを見つけたようだ。