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修造応援! パラカヌー瀬立モニカが
描く、どこまでも前向きな未来。

posted2019/02/05 07:00

 
修造応援! パラカヌー瀬立モニカが描く、どこまでも前向きな未来。<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

前列の左から、瀬立モニカさん、西明美コーチ。背後は母親の瀬立キヌ子さん。

text by

松岡修造

松岡修造Shuzo Matsuoka

PROFILE

photograph by

Yuki Suenaga

 松岡修造が、パラアスリートと真剣に向き合い、その人生を深く掘り下げていく「松岡修造のパラリンピック一直線!」。女子パラカヌーでリオパラリンピックにも出場した21歳の瀬立モニカさんは、コーチや大学、地元スポンサー、さまざまなサポートを得て、東京パラリンピックでの活躍を目指し、日々練習に取り組んでいる。

 彼女はその先に、どんな人生を描いているのだろうか……。

教科書にまで載った、その生き方。

松岡「ブログで読みましたが、モニカさん、道徳の教科書にも載ったんでしょ? どんな経緯があったんですか」

瀬立「確かにそういうお話が来て、これまでの半生を道徳の教科書に載せていただきました」

松岡「嬉しいことじゃないですか。道徳って人間形成で一番大事なところですよ。その教科書に載った。どう思いましたか」

瀬立「私、小学生の頃とか、教科書に落書きするタイプだったんです(笑)」

松岡「お母さーん! 娘さんがこんなこと言ってます(笑)」

瀬立「過去に戻ることができたら、小学生の自分に言ってやりたいです。そんなことをしてると、いつか自分も鉛筆でヒゲを描かれるぞって。

 でも、教科書に載ったこともあって、小学校に講演に行かせていただく機会が増えました。自分の体験を生徒が一生懸命聞いてくれて、校門を出る頃には、モニカさーんって手を振ってくれて。

 私が語ることで少しでもパラリンピックに対する見方とか、障害全般に関わる見方が変わるなら、積極的に貢献していきたいなって思います」

松岡「次の2020年東京で選手としてどんなパフォーマンスをするかによって、障害者を取り巻く環境は大きく変わってくると思います。モニカさんにはその先のイメージまで見えているように思えるんだけど」

瀬立モニカ(せりゅう・もにか)

1997年11月17日東京都生まれ。中学時代にカヌー部に所属。高校1年、体育授業中の事故で車椅子生活となる。2014年にパラカヌーを始め、翌2015年世界選手権に出場。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックに出場し、女子カヤックシングル(運動機能障害)で8位入賞。2017年にはワールドカップやアジアパラカヌー選手権で優勝。2020年東京パラリンピックでは、金メダル獲得を目指している。現在は江東区カヌー協会に所属し、筑波大学体育専門学群で勉学に励んでいる。

瀬立「本当にこれはまだ夢でしかないんですけど、競技はいったん2020年で区切りをつけて、東京が終わったら大学に戻ってもう一度勉強したいと考えています。カヌーに集中するためにこの1月から2020年まで大学を休学する予定なんですけど(編集部注 この取材は2018年11月末に行われた)、将来は医療関係の道に進みたい。

 私がケガをしたとき、一生懸命支えてくれたのが主治医の先生で、私も将来はそういう先生になりたいんです。パラリンピックを経験しているからこそ、患者さんにこういう道もあるんだよって、選択肢を広げてあげることができたらなって思います」

【次ページ】 「笑顔は副作用のない薬だよ」

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