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酒井宏樹がベルギー戦後に語った、
W杯での涙と「次へ行く理由」。
posted2019/01/06 08:00
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
Takuya Sugiyama/JMPA
攻守でチームに安定感と落ち着きをもたらした。
彼はなぜ世界と対等に渡り合えたのか――。
大舞台で悔しさを味わったことに幸せを感じる
不動の右サイドバックが、戦いの日々を回想する。
Number957号(2018年7月19日発売)の特集を全文掲載します!
見上げた空の色を、忘れるな。
すべての試合、すべての時間を戦った酒井宏樹にとっては、どんな色に見えたのか。
日本に戻って1週間が経とうとしていた。穏やかな表情と落ち着いた口調にも、悔しさは今なお新鮮な状態で保たれていた。
「ほとんど泣いていて、空の色まで見えていなかったと思います。忘れられない日になりました。勝った試合よりも負けた試合のほうが僕としては印象に残っていますし、それも特別な負け方だったので……」
霞んで見えた夜空。その涙の意味。
「せっかくみんなが2点を取ってくれたのに、守り切れなかったのは申し訳なかった。その涙だと思います」
ディフェンスの中心を担ってきた責任感と覚悟が生半可なものではなかったからこそ、重い言葉が口をつくのかもしれない。彼個人としては評価を上げた大会になった。右サイドの主導権をめぐる攻守の重厚は、世界を認めさせたに違いなかった。だが満足の「ま」の字すらない。冷静に世界との差を見つめようとする彼がいた――。
80分過ぎから足が止まった。
ここで決めるつもりだった。
ベルギー戦最後のコーナーキック。後半4分のアディショナルタイムは3分30秒を回っていた。酒井はニアにポジションを取った。
「僕自身、80分過ぎから足が止まってきて、延長に入るとより走れなくなってしまうだろうなって。だからこのセットプレーで何とかしたいという気持ちが強かった。あのとき時間が(4分を)回っていると思っていたんですけど、実際は超えていなかった。疲れていたからなのか分かりませんけど、でも決めに行けば終わる、と」
その思いは彼ばかりではなかったのかもしれない。余力を振り絞ろうとしていた。だが送られてきたボールは酒井の頭上を越え、GKクルトワのキャッチからカウンターが始まった。時間はまだ残っていた。ここで決める、そう思っていたのは相手とて同じ。決め切る力があったのは相手のほうだった。ホイッスルが鳴り響いた瞬間、酒井はピッチに倒れ込んだ。