Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
酒井宏樹がベルギー戦後に語った、
W杯での涙と「次へ行く理由」。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTakuya Sugiyama/JMPA
posted2019/01/06 08:00
マルセイユでリーグアン屈指のサイドバックとなった酒井宏樹。アジア杯でもその経験値を生かしてほしい。
唯一返した妻への連絡。
タイプの違うフェライニ、シャドリの投入によって相手の前線はより流動的になり、対応に苦慮していたところでセットプレーから2点を失った。そして最後の最後に許したカウンターの勝ち越し点。両者の間に確実に存在した「差」を、酒井は突きつけられた思いがした。責任を果たせなかった歯がゆさ、悔しさが涙を溢れさせた。
その日の夜、LINEとメールに多くのメッセージが届いていた。唯一返した妻への連絡は翌日の昼まで掛かった。集中の反動によって虚無と脱力に包まれていた。それほど今回のワールドカップに懸けていた。
W杯直前の負傷と葛藤。
ケガとの戦い――。
4月21日のリール戦で左ひざを痛め、内側側副靭帯損傷と診断された。ワールドカップに向けて、時間がなかった。5月上旬、マルセイユを訪れた西野朗監督も間に合うかどうかを気にしていた。
「ひざに痛みを伴うので練習を100%でやっていては、試合に100%で臨めません。あくまでコロンビア戦に(100%で)持っていきたいんです」
本番に合わせて調整する希望を伝えれば、23人の本大会メンバーに選ばれない可能性も出てくる。しかし自分の体は自分が一番分かっている。日本の力になるためには、万全で臨まなければならない。その思いが“自己主張”に向かわせたのだった。
壮行試合のガーナ戦には出場しなかった。酒井が間に合わないことも想定して3バックを試しているようにも感じた。続くスイス、パラグアイ戦は途中出場。復帰にはやる気持ちを一生懸命、抑えていた。
当時の状況を思い起こしたのか、彼は大きく息を吐き出してから語り始めていく。
「葛藤はありました、かなり。100%でやらなかったら、ひょっとするとやる気がないとみられるかもしれない。日本に帰らなきゃいけない状況になるんじゃないかとか、そう考えると、ストレスも溜まりました。もう1回(内側側副靭帯を)痛めることもないとは言い切れませんでしたから」