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イニエスタの存在がJに与えた恩恵。
謙虚で自然体のスター、2年めへ。
text by
吉田治良Jiro Yoshida
photograph byGetty Images
posted2019/01/04 11:00
Jリーグでイニエスタがプレーすることの効果の大きさを想像しきれていた人などいるのだろうか。
彼はもうアンドレス少年ではなかった。
この時、まだ正式発表はなかったが、イニエスタの新天地がヴィッセル神戸になることは、ほぼ既定路線として伝わってきていた。
だからこそ、心配だった。
過去を断ち切るには勇気がいる。栄光に満ちた過去ならなおさらだし、あれほど深いバルサへの愛情を目の当たりにしては、気持ちを切り替えるのも簡単ではないだろうと、そんな風に考えたりもしたものだ。
けれど、彼はもう泣き虫だった12歳のアンドレス少年ではなかった。
フエンテアルビージャとバルセロナの距離どころではない、およそ1万kmも離れた極東の地での新たな挑戦に向かう34歳のプロフェッショナルは、野心に満ちて、そしてとても楽しそうだった。
「今は神戸での挑戦にワクワクしています。そして、それが上手くいくことも確信しています」
7月22日、Jリーグデビューを飾った湘南ベルマーレとの試合後、イニエスタはそう語った。
彼が見つめているのは、ボールが転がる先であって、ボールがあった場所ではない──。
イニエスタはバルサでの栄光の時代を押し入れにしまい込み、神戸での第2の人生を強い決意とともに歩み始めたのだ。
次々と日本に与えたインパクト。
それからの約5カ月で、イニエスタがJリーグに打ち込んだインパクトの大きさは、想像を超えるものだった。
足裏、つま先、ヒールと身体のあらゆる部位を使ったボールタッチ、右足と左足、インサイドとアウトサイドを巧みに織り交ぜながら、飄々と敵陣をすり抜けていくドリブル、そして彼にしか見つけられないスペースに、ミリ単位で供給されるピンポイントのラストパス。観客だけではなく、対戦相手でさえその高度な技に見とれていた。
お気に入りのシーンはどれだろう。デビューから3戦目、ジュビロ磐田戦で決めた超絶ターンからの初ゴールか、あるいは31節の名古屋グランパス戦で、ルーカス・ポドルスキのゴールをお膳立てしたループパスか。
個人的には33節・清水エスパルス戦で、藤田直之に通した高精度の浮き球ロングスルーパスがお勧めだ。センターサークルを少し越えたあたりから放たれたボールは、シュルシュルと音を立てるように鋭く曲がりながら清水の最終ラインの背後に落ち、そして藤田の左足にピタリと送り届けられた。