マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
福浦和也の2000本目で回想した、
習志野高校時代の綺麗なスイング。
posted2018/09/26 10:30
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
Kyodo News
千葉ロッテマリーンズ・福浦和也選手が、プロ25年目にして「2000本安打」の大記録をきめて、見事名球会入りを果たした。
辛抱する木に花が咲く。
その頑張りに、頭が下がる。おめでとう! である。
ちょっと腰を落として目線を低くした構えはプロ25年の“結晶”なのだろうが、スッと立てた背中と、後方から前方にスイッと走るバットヘッドの直線的な動き、さらにはライト方向に低い打球で伸びる軌道は、「変わらないなぁ……」、思わずつぶやいてしまったものだ。
26年前、習志野高・福浦和也選手は「エースで4番」だった。習志野ほどの強豪で投打の大黒柱を担っていたのだから、やはりそれなりの“逸材”だったのだろう。
高校時代のプレーをよく覚えている。
183cmの身長のサウスポーなのに、ありがちなフォームのアンバランスがない。軸足にしっかり体重を乗せてから、半身の姿勢を保ったまま踏み込んで、そこから体の左右を切り返す。
溜めた力が、リリースの瞬間にすべてボールに乗っかっていくフォームだから、そこそこ速かった。数字でいえば「130後半」というところだったと思う。もちろん、「千葉県内トップクラスの左腕」は定評であった。
「打者・福浦」は形がよかった。
こうなったから言うわけではないが、それでも私は、「打者・福浦」のほうを、いいなぁ……と思いながら見ていた。
投球を見逃すときの“形”がよかった。
踏み込んだ右足とバットを握るグリップの間に、程よい距離があった。「割れる」というやつだ。「ふところが広い」、そんな表現も当たっている。
投球を決して追いかけない。自分のゾーンに入ってきたボールだけを、全身の連動で存分に振り抜ける。だから、泳がせようと投げてくる左腕の外角スライダーにも、いつも背中がまっすぐだった。上から切るようなスイング軌道じゃない。捕手の頭の上あたりから投手方向に向かって、バットヘッドがまっすぐに長い直線を描くイメージ。
高校野球を卒業して木のバットの野球になっても、そんなに時間をかけずに手の内に入れそうだ……思って見ていたが、プロで一軍に上がるまで、結局4年近くかかった。