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湘南のRIZAP傘下入りは吉か凶か。
市民クラブ文化と資本力の融合。
posted2018/04/09 13:50
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph by
AFLO
ひょっとしたら彼らは、重い十字架を背負いながら戦っていたのかもしれない。
責任企業を持たない市民クラブの立場を築いてきたJリーグの湘南ベルマーレが、フィットネスジム事業などを展開するRIZAP(ライザップ)グループの支援を受けることになった。
2016年1月から湘南に資本参加している三栄建築設計とRIZAPグループが合弁会社『メルディアRIZAP湘南スポーツパートナーズ』を設立し、湘南の経営権を取得することになったのである。
1999年に親会社の撤退に直面した湘南は、市民クラブとして再生をはかった。J2であがく時間は決して短くなかったものの、'09年にOBの反町康治が監督に就任したことで歴史が動き出す。
Jリーグ黎明期に“湘南の暴れん坊”と呼ばれた攻撃的なサッカーを取り戻したチームは、同年のJ2で3位に食い込む。クラブ再生から10度目のシーズンで、待ち望んだJ1昇格を果たしたのだった。
ところが、わずか1シーズンでJ2へ逆戻りしてしまう。年間予算に限りのある湘南は、J1へ昇格しても大型補強はできない。現役の日本代表選手がいるはずはなく、J1リーグで実績をあげた選手も少ない編成で、J1に踏み止まるのは難しかった。
完全に定着した「湘南スタイル」。
反町監督は'11年シーズン限りでチームを去り、翌年からヘッドコーチだった曹貴裁が采配をふるう。前監督のサッカーを進化させた新監督のもとで、湘南は2度目のJ1昇格を勝ち取る。
選手たちがひたむきに走り続けるサッカーは「ノンストップ・フットボール」とも「湘南スタイル」とも呼ばれるようになり、Jリーグにおけるクラブの立ち位置が輪郭を帯びてきた。
プロ入り前から脚光を浴びてきたエリートの集まりではないチームが、強豪相手に攻めることを恐れず、最後まで食らいついていく。勝利に貪欲でありながら爽快な風を運んでくるサッカーは観る者を飽きさせず、勝敗を越えた価値を提供するクラブとして認知されていった。
予算規模が小さくてもできるサッカーを、予算規模の大きなチームは見落としがちなサッカーを、湘南は精いっぱい表現していった。