マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
“伝令さん”は高校野球の名黒子。
「審判に怒られるまで語ってこい」
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byTakuya Sugiyama
posted2017/10/22 08:00
ピンチになると駆けつける「伝令」。その声はテレビ、スタジアム越しでは聞き取れないが非常に奥深い世界なのだ。
「今夜の寮メシ、ハンバーグだってよ……」
伝令という“専門職”の選手を抱えているチームもあると聞く。
その場合、監督さんは特に知恵を授けることなく、「おい、ちょっと行って、何か言ってこい」、こんな感じで伝令さんを送り出す。彼は彼で、こういう時のための“とっておき”として用意してある、彼なりの魔法の言葉を胸に仲間たちが待つマウンドへはせ参じるのだ。
昭和の頃なら「ここを切り抜けたら、帰りにマックおごってやる」とか、「今夜の寮メシ、ハンバーグだってよ……」など食べ物ネタが流行ったものだが、この頃の高校生たちの“リラックス・スイッチ”はどこらへんなのだろうか。
たまたまその日は投げる予定のないエースピッチャーが、たまたま監督さんのすぐ横にいたことから、伝令を頼まれてマウンドへ猛ダッシュで駆けつけると、待っていた6人が全員、グラブで顔を隠して大笑いしている。
選手は“しょうもないひと言”を待っているのでは。
なんだ!? と思って、目の前の遊撃手が指さしている自分の足元を見ると、右足にフットサポーターを付けたまま出かけてきていた。チェンジになったら代打でいけ! 監督さんからそう指示されて、早々に準備していた“それ”を、彼はすっかり忘れてマウンドへ出かけて行っていたのだ。
そんなそそっかしいのが、まもなくドラフト上位で指名されて、プロに進む。
自分が監督なら、どんなふうに伝令さんを使おうかな……? と考えてみた。守り方とか、攻め方とか、プレーに関することは、こちらからの身振り手振りで済むだろう。そこまでのピンチになってまで、コソコソしてもしょうがない。
魔法の言葉なんて、そんな高級なものは持ち合わせがないし、今の選手たちは、監督からの言葉より、選手からの“しょうもないひと言”のほうを待っているのではないか。