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黒田博樹が“花道”に選んだ、
「大谷翔平」という比類なき才能。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2016/11/04 12:20
日本シリーズ第3戦での黒田と大谷。オフシーズン、黒田は米国の自宅でしばらく野球のことを忘れて過ごすつもりだという。
黒田が最も輝いたのは、敗戦のマウンドだった。
「あれだけ苦しんできたクロだから、最後だけは勝って終わって欲しいんですよ」
そんな願いを込めて日本シリーズを見守っていた男がいる。上宮高校時代の同級生・溝下進崇(現・大阪ガス野球部コーチ)だ。
大阪の強豪校で黒田は3番手の控え投手だった。そんな黒田が3年間で最も輝いたのは、敗戦のマウンドだったという。
黒田たちが最上級生となった2年秋、近畿大会決勝で天理(奈良)と対戦した。試合は溝下ら2投手が序盤に打たれ、2回までに2-8と大量リードされた。敗色濃厚の中で、マウンドに立ったのが黒田だった。
「僕のせいで、あんなに点差を離されてしまったのに、クロがすごいピッチングをして、意地を見せてくれた。あの試合は忘れられないです」
上宮は敗れたが、黒田は1点も失うことなく、鬼のような形相で最後まで投げきった。
個人的に203の勝利よりも、184の敗戦と3340回3分の2という投球イニングが黒田という投手を象徴していると思う。どれだけ負けていても、目の前の1球に魂を込められる。だから、黒田は、たとえ敗れても、凛として、雄々しいのだろう。それは昔から変わらない姿なのだ。
「アスリートとして次元が違う感じだった」
結局、日本シリーズは第6戦で終わった。
カープは敗れ、最終7戦目にスタンバイしていた黒田は、マウンドに上がらないまま現役生活を終えた。溝下の願いも、カープ担当記者の祈りも届かなかった。ただ、むしろ、最後まで勝利を求める闘争心と、敗戦の中での存在感が黒田らしかった。
そんな黒田が唯一、勝敗を超越した視線を注いだ相手がいた。全てが終わった後、大谷について、こう語ったのだ。
「次元が違うというか、全てが一流というのはありえないと思っていたので、ショッキングだった。対戦して、やっぱり、すごいなと。なかなか、ああいう相手と出会うことはない。アスリートとして次元が違う感じだった」
決して敗北を受け入れず、目の前の1球に生きてきた男が敗れて、笑った。打たれて、なお、誇らしげだった。