プロレスのじかんBACK NUMBER
最後までプロレスは“辛口”で――。
天龍源一郎、堂々たる革命の終焉。
text by
井上崇宏Takahiro Inoue
photograph byEssei Hara
posted2015/11/17 16:00
ジャンボ鶴田、阿修羅・原(共に故人)、藤波辰爾(61)、長州力(63)らと半世紀近くも戦い続けたレジェンド。
輪島が会釈した瞬間……気持ちが萎えた。
電車が混んでいると原と2人で狭い座席を交互に座り合った。食べるものは駅弁ばかり。すべては自分たちの発案だったが、発車時刻の30分前や早いときには1時間前に駅に着いてしまったことがある。そんな手持ち無沙汰な時間が生まれると、決まって「向こうの連中は今ごろバスの中で寝てんだろうな」と思いを巡らせて腹を立てた。その時点で、その日の試合に向けての気持ちができあがっていた。
とにかくあいつらとは絶対に混ざらない。混ざるときっと試合で私情が出てしまう。宿泊するホテルもすべて別にした。
そこまで徹底していたにも関わらず、ある日、試合直前に入場のスタンバイを裏でしているときに、対戦相手の輪島の姿が見えた。控え室の位置は真反対だったのに通路が繋がっていたから、同じ通路の向こう側で輪島もスタンバイしていた。そのとき、相撲の慣習が抜けていなかったのか、輪島が天龍に軽く会釈をした。その輪島のぺこっと頭を下げた姿を遠目で確認した瞬間、天龍の気持ちは萎えた。やはり、その日は全力で輪島を攻撃することができなかった。
「こんなに必死にやってどうすんだよ?」
当初はそんな天龍らの試合ぶりを観ていたレスラーたちから否定的な意見があがった。
「こんなに必死にやってどうすんだよ? 馬鹿みたいに一生懸命やっちゃってさ」
そんな声を漏れ聞いた天龍は「おまえら、ちょっと違うんじゃねえか?」と思ったが、それぐらい全日本のリングは停滞していたし、既存のファンに甘えまくっていた。当時はシリーズ全戦に同行してくるスポーツ新聞の記者も、対戦カードを見ただけで全試合の試合展開が読めた。だからゴングが鳴っても、リングサイドにいるにも関わらず試合を観ないでずっと下を向いて記事を書いている。その記事の内容と試合の展開はことごとく合致していた。
そんな記者の姿をリングのコーナーから見つめていた天龍は原に耳打ちした。
「あの野郎。いまにアイツらの目を絶対にリングに向けさせてやろうぜ」
地方に行けば客席に筋のよろしくない人間が座っていることもある。「プロレスなんてよ」といった態度でイスにふんぞり返りながら試合を観ている。
「そりゃあリングの上に立ってる人間がふんぞり返って試合をやってるのに、客がちゃんと観るわけねえよな」
その姿勢も絶対に自分たちの試合で前のめりにさせてやろうと思って闘った。レスラー、記者、客、周囲のすべてに対する反骨心、そして勝負だった。