Jをめぐる冒険BACK NUMBER
何度でも甦る鹿島、ナビスコ杯優勝。
2年間の世代交代が実り、黄金期へ。
posted2015/11/02 11:50
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph by
J.LEAGUE PHOTOS
キャプテンの小笠原満男が貴賓席の前で優勝カップを掲げ、ゴール裏を真紅に染めたサポーターが咆哮する――。まるでデジャヴのような、すっかり見慣れた光景だった。
それもそのはず、2006年のナビスコカップ決勝でジェフ千葉に敗れて以降、昨年までの8年間で鹿島アントラーズはカップ戦(ナビスコカップと天皇杯)決勝の舞台に4度立っているが、そのすべてで戴冠し、今年のナビスコカップのタイトルも掴んでみせた。
ファイナルの戦い方を熟知しているチーム――。わずか2シーズン、タイトルを掴めなかっただけで大問題となる、常勝チームたるゆえんだろう。
浦和レッズを下した'11年のナビスコカップ決勝でも、清水エスパルスを振り切った'12年の同決勝でも、際立ったのは、相手の出方を見定め臨機応変に戦って勝負を決める老獪さだった。
だが、この日の鹿島は、ひと味違った。
序盤からガンバ大阪に息つく暇を与えぬ怒涛のラッシュを仕掛ける姿は、チャレンジャーの挑戦を受けて立つ王者ではなく、チャンピオンに戦いを挑む挑戦者のようだった。
宇佐美までも守備に対応せざるを得ない状況に。
その点で、相手が昨シーズンの三冠王者であるG大阪だったことも、鹿島にとってプラスに働いたのかもしれない。「予想以上に攻め込まれ、多少なりともビビってしまって、本来のガンバらしいサッカーができなかった」とは歴戦の雄、G大阪の元日本代表MF今野泰幸の弁。鹿島の攻撃には王者をひるませるほどの迫力があった。
G大阪のカウンター封じも完璧だった。
右サイドバックの西大伍が強気の姿勢でポジショニングを高く取り、右サイドハーフの遠藤康とともにサイドで主導権を握る。そこにFWの金崎夢生も流れていくから、G大阪は左サイドバックの藤春廣輝だけでなく、左サイドハーフの宇佐美貴史までもが守備に対応せざるを得なかった。右サイドからの崩しのキーマンとなった遠藤康が振り返る。
「試合前から意識していたわけではないですけど、あれだけ守備に戻れば、宇佐美は攻撃にパワーを使えなくなるので、これは有効だなと思ってプレーしていました」
こうしてG大阪の1トップ、パトリックを前線で孤立させると、センターバックの昌子源とファン・ソッコが激しくマークし、ボールを収めさせなかった。