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何度でも甦る鹿島、ナビスコ杯優勝。
2年間の世代交代が実り、黄金期へ。
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2015/11/02 11:50
キャプテン・小笠原満男は13年ぶり2度目のMVPに輝く活躍を見せた。
タイトル狙いと育成の割合。
「'13、'14年は若手を徹底的に鍛えてくれ、ってセレーゾにはリクエストしていたんだ」
そう明かすのは、'96年から鹿島の強化における最高責任者を務める鈴木満氏である。
「うちのように若い選手を育てていこうとすると、どうしても波が出てくる。だから、『今勝つ』というのが大前提だけど、その上で3年後も意識しながらチーム編成を考える必要がある。例えば、100%タイトルを狙いにいくシーズンと、タイトル30、育成70の割合で臨むシーズンと、チーム状況によって重きを置くものの割合を変化させている」
育成を重視すれば、我慢しなければならない部分も出てくる。それでも、あえてそうした時期を設けなければ、チームは未来に向かって回っていかない。
まさに'13、'14年は世代交代が重要事項だった。そのため、若手の指導に定評のあるトニーニョ・セレーゾを招聘した。その結果、この2年間は無冠に終わったものの、世代交代が推し進められ、'14年は最終節で勝っていればリーグ優勝の可能性もあった3位でシーズンを終えた。
「タイトルを獲ってくれ、お前にとってもチャンスだよ」
そこで'15年はいよいよタイトルを狙うシーズンとなる、はずだった。ところが、指揮官が若手の成長を信じ切れていなかったという。
「まだまだ教え足りないという感じで教えすぎて、選手の自主性が薄れている感じがした。あと、固定観念にとらわれすぎて、起用も硬直化していた。このままでは同じことが続くだろうから、決断するしかないなと」
ここで次の一手をすぐに打てるのが、鹿島の真骨頂だろう。後任としてヘッドコーチ(当時)の石井を指名したのは、あくまでもタイトル獲得にこだわったからである。
「チームを知り尽くしていたし、ミーティングでも『主体性が大事』という発言をしていた。それに、外から監督を招いて意見交換をしていたら、第2ステージが終わってしまう。だから、石井に託したのは立て直しではなく、タイトル。『タイトルを獲ってくれ、お前にとってもチャンスだよ』と」
実は、石井はシーズン終了後、コーチから監督に転身する予定だったという。
「うちになるか、外になるか分からないけど、そろそろ監督になるタイミングだと思っていた。だから、石井にもシーズン前『コーチは今年が最後だよ』って話していたんだ」
予定より半年早い監督デビューとなったが、満を持しての登用でもあったのだ。