マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
U-18W杯で見えた、球児たちの本質。
清宮、勝俣、平沢、オコエの“核”。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2015/09/11 10:50
部活という枠を出たことで、選手達の新たな側面が見られたU-18W杯。甲子園とはまた違った魅力を見せてくれた。
16歳の打ち方じゃなかった。
タイミングを外された二塁ゴロが2つ続いた第3打席だ。どれだけ呼び込んでフルスイングできるのか。そんな“修正”を想定して見ていた、たしか初球だった。
145キロ前後の低目の速球に、清宮幸太郎がポンとバットを合わせた。
トスバッティングのように見えた。そんなふうに見えたのに、痛烈なライナーになってセンター前に伸びたのだから、インパクトでしっかりシバけているのだ。
16歳の打ち方、じゃなかった。
相手に勝とうとせず、自分の技術をMAXで出す。
すごいと思ったのは、彼が「勝とう」としなかったことだ。過去2打席打ち取られた韓国投手陣に勝とうとして、渾身のフルスイング……それが凡人、つまり私の想定だった。
その時の自分の調子の中から繰り出せるMAXの技術で相手に向き合えれば、それでよい。それが清宮幸太郎の発想。だから、彼の構えにはストレスがない。
相手がどうだから……これがない。
自分がその時にできるMAXで戦えば、必ずなんとかなる。
そんな“悟り”を、16歳の彼はいったいどこで獲得してきたのか。底知れない少年である。彼にとっては、最高の夏だったはずだ。
オレはやれる! そんな確信も間違いなく得た一方で、決勝戦のアメリカの左腕エース・ニコラスの「18.44m」の距離が半分ぐらいに感じる球持ちの良さには手が出なかった。
145キロ前後のスピード、そして足元をついてくるタテの変化球。
予選や甲子園で未体験だった難敵に対しては、さすがの彼の技術をもってしても追いつかなかった。
多くの成功体験といくつかの課題。
1年生の、すべてがこれからの彼にとっては、どちらも最高の収穫になったはずだ。
おみやげと宿題を山ほど抱えて東京に戻っていく清宮幸太郎。
果たしてこの先、秋、冬、そして明けて春。どんな“キヨミヤ”を構築していくのか。いちばん楽しみなのは、彼自身なのではないか。