Jをめぐる冒険BACK NUMBER
なぜ武藤嘉紀にボールが転がるのか。
「持ってる」を演出する複数の要素。
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2015/05/23 10:50
岡崎慎司が所属するブンデスリーガのマインツとの入団交渉が大詰めと言われる武藤嘉紀。慶應大学を卒業してこの夏に23歳での海外移籍となればなんとも順調なステップアップだ。
典型的なウインガーから、短期間でストライカーに。
1年前にプロ入りした頃から守備意識は高かったものの、攻撃に関してはボールに触ってナンボの、典型的な“オン・ザ・ボールの選手”だった。
「ドリブルで好き勝手に仕掛けて、自分が決めなくても誰かが決めてくれればいいや、と思ってましたから」と武藤自身も話している。そんな典型的なウインガーが、短期間で本格的なストライカーへと変貌するのは簡単なことではない。
だが、森重から「1mでもチェック(フェイク)の動きをすれば、DFはアタックに行きにくいから有効だよ」とアドバイスされ、練習でさっそく取り組んだ。ルイス・スアレスやクリスティアーノ・ロナウドなどの映像を見て、世界の点取り屋がどうやってマークを外し、ゴールを決めているのかを分析しては、練習で試してみた。
そうやって努力を重ね、結果を残していく後輩の姿をチームメイトも間近で見ているから、「よっちにゴールを取らせたい」と、ゴール前で武藤にボールを届けようとする(人懐っこく、誰からも愛される性格も大きいだろう)。
“持ってる”のひと言では片付けられない理由がある。
「本当にうまくなった。ポストプレーでもボールを失わないようになってきたしね」
若手には厳しい視線を向けることの多いベテランの羽生直剛も、表情を思わず緩ませる。相手に引いて守られると、自慢のスピードとドリブルを生かせずに戸惑っていた昨シーズンの姿はもう見られない。
ストライカーの嗅覚は、天性のものだと思われがちだが、1年余りで急成長を遂げ、ヨーロッパに旅立とうとしている武藤を見ていると、意識改革、努力のたまものなのだということが分かる。そのうえで自分を信じ、チームメイトを信じ続ける――。
なぜか武藤の前にボールがこぼれ、彼がゴールを量産するのには、“持ってる”のひと言で片付けられない理由がたくさんある。