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“スペア”という立場を受け入れて。
伊野波雅彦、競争心よりも平常心。
text by
寺野典子Noriko Terano
photograph byGetty Images
posted2014/06/06 12:30
キプロス戦で79分から出場し、危なげなく相手攻撃陣をおさえ勝利に貢献した伊野波雅彦。出場の可能性が低いことを自覚しつつ、なお自らの役目を果たす姿はチームに安心感を与えている。
「アクシデントの時に試合に出るのが自分」
W杯本番を前に、そのピッチに立ちたいと願う選手間の競争は激化している。代表チームの哲学を実践し、そのうえで自身の持ち味を発揮することで、他の選手との違いをより強く表現できると誰もが信じているはずだ。しかし、初戦の先発でピッチに立てる人数は11人。交代枠を含めても1試合で14人しかその願いは叶えられない。そういう厳しい現実について伊野波は次のように話した。
「もちろん、最初から試合に出ることが一番いい。でも今の僕がそういう状況ではないというのも確か。それは自分でもわかっている。アクシデントというか、この間のキプロス戦のときのような状況で、試合に出るのが自分だと思っているから」
W杯は短期決戦の大会だ。負傷や出場停止など、思わぬ事態が生じたときの素早い対応が求められる。それは監督に限らず、選手も同様だ。そういう大会において、複数のポジションを任せられる“スペア”の存在は、チームに必要不可欠なものだ。伊野波は自身の立場をそう理解しているのだ。
自身に課す「ポジティブでいること」。
しかし、いつどこで、どんなタイミングで起用されるかは誰にもわからない。試合へ向けた準備を積みながらも、それを発揮せずに終わることもある。かといって起用法に対して一喜一憂してしまえば、平常心で待機することができなくなる、有事に備えた準備は容易ではない。
「コンディション的にもメンタル的にも一番難しいポジションだと思う。トレーニングを含めた毎日のなかで、メンタルと身体のバランスを保つのが一番大事」
そのために、伊野波が自身に課しているのは「毎日をポジティブに過ごすことだ」と話す。代表の常連でありながらも出場時間が伸びない、というこれまでの葛藤を経て身につけたそんな姿勢を評価されたからこそ、今、ここにいるのだと。
「自分が評価されたのは、毎日ポジティブに過ごすことだと思う。練習しかり、私生活しかり。チームのために尽くすことを、ここにいる選手は求められている。チームの和を大事にできるかというのが、このチームの選手を選ぶうえで、もっとも重視されていると思う。
監督はポジティブな選手が好きだし、試合に出られなくても自分を高める努力をしている選手は見てくれているし、どこかでチャンスは与えてくれる。それを自分の中で消化して、うまくプレーに還元できる選手を呼んでいるから」