REVERSE ANGLEBACK NUMBER
春場所の空気を変えた遠藤と大砂嵐。
大関、横綱の“器”を感じた一番。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byKYODO
posted2014/03/28 10:40
平幕同士の対戦だったが、注目度の高さから、かけられた懸賞は12本。勝った遠藤は6勝9敗、敗れた大砂嵐は8勝6敗1休で場所を終えた。
「なんという土俵際の魔術師」
しかし、いざ軍配が返るとまったく違う展開になった。大砂嵐は突き放しに出ず、四つになるのを選んだ。遠藤に押し込まれながら左を差し、右の上手を取る。遠藤は上手が取れずに半身の態勢に。大砂嵐有利の形になった。大砂嵐は上手で投げを打つように前に出て遠藤を土俵際に追い詰める。遠藤の足が俵にかかった。しかし、そこからがしぶとかった。簡単に土俵を割らずに粘り、右から打っちゃり気味に突き落としを見せる。大砂嵐は足が伸びてしまい、最後は微妙だったが、遠藤が土俵を割るより大砂嵐が土俵に落ちるのがわずかに早かった。
「なんという土俵際の魔術師」
NHKの実況アナウンサーはそう叫んで遠藤の粘りを賞賛した。だが、負けたとはいえ大砂嵐の取り口もみごとだった。まず突いて出ずに右差しをねらった作戦があざやかだった。おそらく遠藤も予想していなかったようで、簡単に相手有利の態勢を許してしまった。そのあとの攻めも強引に振り回したりあわてて寄ったりせず、投げで相手を崩しながら前に出るという理詰めのもので、相撲の「脳力」が急速に進歩していることをうかがわせた。仮に親方からそうした策を授けられたとしても、それをスムーズに実行するのは簡単ではない。
もちろん勝った遠藤の粘りも想像以上だった。立会いで予期せぬ四つに組まれ、完全に後手に回っていた。それでも粘り、打っちゃり気味に勝ちを拾った。大関に勝った一番もそうだったが、土俵際の粘りは足腰の柔軟さを示すものだ。以前、このコラムで遠藤に触れたとき、四股の足がきれいに上がることを指摘したが、やはりあの上がり具合は伊達ではない。
大関、横綱の器を感じさせた2人の充実度。
いずれにしても充実した一番で、勝敗は別に双方とも相当に力を消耗したようだ。遠藤は翌日から連敗して星勘定を悪くしてしまったし、大砂嵐は右の太ももを痛めて1日の休みを含む7連敗であわや勝ち越しを逃すところだった。精根つくした対戦だったのだろう。当然ほかの力士もこれを見ていた。いまは「人気の若手」「期待の大器」にとどまっているふたりだが、これを見て間違いなく大関、横綱の器だと感じた力士が多かったのではないか。
中日以降、全体に締まった熱戦が増え、緊張感も高まった。序盤で取りこぼした鶴竜もカツを入れられたように白星を重ね、横綱に連勝して昇進を確実にした。ほかにも日馬富士を破った豪栄道の一番、白鵬を破って勝ち越しを決めた琴奨菊の一番など印象的な相撲がいくつもあった。
若くて生きのいいふたりの熱戦が、場所全体に張り手をかまし、刺激を与えて、盛り上がりのきっかけを作ったようだ。