プロ野球亭日乗BACK NUMBER
“選手のミス”が救った日本シリーズ。
「プロ」の監督が揮うべき采配とは?
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byKoji Asakura
posted2010/11/14 08:00
1975~1980年、1993~2001年の2期15年にわたり巨人の監督を務めた長嶋。勘やひらめきに頼りがちな采配は批判の対象ともなった一方、ファンに鮮烈な印象を残した
ファンを楽しませて勝つための奇策が長嶋野球の真骨頂。
「長嶋野球は全試合を勝ちに行く」
よく言われたことだ。
「そんなことをしていたら、勝てる試合も勝てなくなる。そんな戦略性を欠いた采配では、勝てるわけがない」
もっともな意見だった。
だが、これは長嶋野球の目指した凄さを理解していないからだった。
「我々はいかにファンを楽しませて、その上で勝つかなんですよ」
ミスターは言っていた。
ファンを楽しませて勝つ。
そのためにはファンの考えを超えた野球をしなければならない。奇想天外。セオリーを超えたセオリーの野球。そういう野球にチャレンジしてこそ、本当の醍醐味をファンに伝えることができる。
監督の指示を裏切る選手のミスが凡戦にドラマを作った。
シリーズ史上最長、5時間43分の激闘となった第6戦。実は試合内容としては、史上まれにみる凡戦だった。
中日・落合監督もロッテ・西村徳文監督も、走者が出れば1死からでも送りバントで得点圏に進めて安打が出るのを待つ、という作戦に終始した。
実に堅実な野球。
監督が批判されない作戦だった。
だが、この試合では、監督の堅実なサインに、ことごとく選手がヘマをした。それが逆に予想外の展開を生んで、試合を盛り上げることにつながったのだ。バントを失敗したり、さまざまなミスが起こることで、試合がどんどん面白くなっていくという皮肉な結果となったわけだった。
そして批判されるのは、堅実な監督の采配を、実行できなかった選手たちということになる。
でも、実は両監督がバントのサインを出した瞬間に、本当は何も起こらない、実につまらない野球になるはずだったのだ。そしてこれが球界の常識としては「勝つ野球」だと言われ、長嶋野球は球界ではいまだに異端扱いされ続けている。
「勝つことが最大のファンサービスだ」
落合監督の常套句だ。
もちろんスポーツとして、勝負として、勝たなければ意味はない。ファンもそれを求めている。ただ、プロ野球をあえてお金をとってお客さんに見せる興行と考えるならば、その勝ち方にもプロの技というものがあってもいい。奇しくも選手のミスによって、野球の本来持っているドラマ性が爆発した。それが今年の日本シリーズだった。