ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/08/08 10:30
遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。
「Stay hungry, stay foolish」
故スティーブ・ジョブズが、'05年にスタンフォード大学の卒業式で生徒に語った言葉だ。僕は彼の恩恵に与かり、親指一つでこの原稿を書いている。
この言葉は、'60年代、'70年代のヒッピー世代たちにとってのバイブルであった“Whole Earth Catalog”という雑誌からの引用だ。
ヒッピーとしてインドを放浪したり、禅に傾倒していた経験もある、まさに西海岸派という感じのジョブズ。彼の言わんとしていることはわかるものの、山で空腹に喘ぐのは決して勧められたことではない。
ほぼ丸一日を消費してなんとかBishopの町から山へ「帰った」後の区間、僕はちょっとした食糧危機に陥っていた。ヒッチハイク中にトレイル用の食糧を食べてしまったのと、標高差約1000mの峠越えが何度も続き、予想以上に時間がかかってしまったためだ。
ココアパウダーを舐めつつ歩く、ちょっと残念な山歩き。
血糖値を下げないよう、ヒッチハイクを共にしたSweat Jesusに分けてもらったココアパウダーを舐めつつ歩くという、ちょっと残念なシエラネバダの山歩き。
僕を取り囲む景色は美しいはずなのに、イマイチ心に響かない。やはり、人間ある程度の余裕が必要みたいだ。
パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)はこの区間、ジョン・ミューア・トレイル(JMT)という、自然保護の父、ジョン・ミューア氏に敬意を表したトレイルと同じルートを辿る。
ミューアは「全ての人間にはパンと同じように、美が必要なのです」という言葉で自然保護の重要性を訴えたが、今の僕に必要なのは、パンであった。
パンは美を受け止める為の前提条件である。