ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/08/08 10:30
遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。
叫ぶと、全身から力が抜けていくのがわかる。
雨足は強まるばかりだ。雨具のポケットから地図を取り出すと、水に湿ってインクが滲んでいる。ボロボロで、とても読めたものではない。
それでも僕はマッターホーン山への寄り道用に購入しておいた、撥水加工のなされたナショナルジオグラフィック社の地図があったことを思い出す。
そう、ここだ。
僕のいるはずのエリアが載っている。しかし、参考になるはずの高い山はガスに隠れて何も見えない。参った。静寂が僕を包む。いや、それは嘘だ。雨音、迫る蚊、動物の鳴き声。音に溢れていたはずだ。
泣きたくなる。叫んでしまいたい。我慢出来ずに叫んだヘルプの声は、虚しくも雨音にかき消される。叫ぶと、全身から力が抜けていくのがわかる。
まずい、とにかく自力でなんとかしなければ。
幸い、食糧は十分に持っており、雨や川のおかげで水の心配は要らない。長期戦にも耐えられるだろう。
もう一度、地図を広げる。ザックを下ろし、落ち着いて考える。どうやら、どの支流も下流に行けば湖に突き当たるようだ。そうしたら、その湖を起点に読図が出来るだろう。
長期戦を覚悟して支流を下って行く。下って行くとはいえ、そこらじゅうにセコイヤの大木が倒れており、それらを乗り越えつつ、川を見失わないように歩く。
途中、ザックが枝に引っかかり破れる音がしたが、かまっていられない。足を泥だらけにしながら、祈るような気持ちで湿地を進む。
トレイルに戻れた時、思わず膝をついて祈った。
10分ほど歩いた頃だろうか。
見えた。
僕は幸運にもトレイルに戻ることが出来た。思わず膝をついて祈った。何に? 僕は宗教を信じないのだけれど、この時だけは、何かに感謝した。顔に群がる蚊に気づくまで、少し時間がかかった。
時計を見ると、川を渡ってから1時間が過ぎていた。たったの、1時間だ。永遠に感じた時間感覚が戻ってくる。
とにかくその日、僕は震えながら山を登った。震えの原因は、雨によって奪われた体温だけではないだろう。
道中で出会った鳥の親子を見て、我慢していた感情が溢れ出しそうになった。
その日は16マイルしか歩くことが出来なかった。マッターホーン山への寄り道を、前日に諦めていてよかった。Tedとの約束の時間には間に合わないかもしれない。
今となっては、僕にこの区間を歩く勇気を与えてくれたのは、誰かが僕を待ってくれているという事実であったことに気付いたが、当時の僕はそこに思いをはせることは出来なかった。
ヨセミテで人混みを憎んだ僕が、道に迷って人を求めてしまったのは、なんとも皮肉なものだ。謙虚に歩いて行こうと、改めて思う。