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雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/08/08 10:30

雨中のシエラネバダでの遭難と、歩くことが求める「謙虚さ」。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。

不思議な縁で、Tedの家に泊めさせてもらうことに。

 Tuolmne Meadowsに帰ると、Mojaveの町で共にヒッチハイクをした映画監督のGaiterと再会した。

 彼に携帯電話を借り、Tedという人物に電話をかける。なんでも、Tedの奥さんは日本人で、日本人バックパッカーを次の峠でピックアップして、家に泊めさせてくれるというのだ。

 昨年PCTに挑戦し、今年も再び歩いている日本人バックパッカーの方が紹介して下さった縁なのだが、僕はTedどころか、その日本人バックパッカーとも面識がないのに。感謝である。

 電話に出たのは奥さんだった。少し不自然な日本語で要件だけを伝える。

「水曜日の朝9時に。灰色のカローラで夫が迎えに行きます」

精神的な辛さは、時として身体的な苦しみを上回る。

 僕は電話を切り、再びPCTを歩き出した。

 途中まさかのSweat Jesusに再会。なんと、ヒッチハイクが随分と簡単に成功したのだという。観光バスよりはるか早く帰って来られたようだ。僕も自分のことのように嬉しい。

 しかし、彼はなんだか浮かない顔をして言う。

「今日はここでキャンプするよ。なんだか気分が悪いんだ。身体は大丈夫なんだけれど、メンタルがね。明日の朝起きて治っていなかったら、一旦Tuolumne Meadowsに戻るよ」

 うまく要点が掴めないが、精神的な辛さは、時として身体的な苦しみを上回る。心配しつつも、Tedとの約束が気になり、歩を進める。

「良くなるといいね」

 この時にはまだ、他人事であった。

【次ページ】 雨音と、寝袋を伝ってきた結露で目が覚める。

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