ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/08/08 10:30
遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。
予定にはなかった補給地点へ降りる決断をしたが……。
歩き始めて5日目、予定にはなかった補給地点に降りる決断をした。
服部文祥のように狩りは出来ないし、開高健のように釣りをすることもできない。僕に出来るのはストアに寄って食糧を補給するという経済活動だけだ。
そこは湖の上をフェリーで移動して辿り着くリゾート地らしい。バックパッカーによる自費出版のガイドブックには、あらゆる物価が高いことが書いてある。
フェリーのタイムスケジュールを見ると、現地で一泊しなければならないようだ。無駄な出費は抑えたかったが、背に腹はかえられない(まさに!)。とにかく翌朝のフェリーに間に合うよう、ココアパウダーを舐めつつ、ペースを速めて歩く。
食糧を分けてもらえるという願ってもない展開に。
腹を空かしながら沢沿いのトレイルを進んで行くと、分岐で一人のバックパッカーと出会った。
彼は僕に友人を見なかったか聞いてくる。僕がPCTハイカーしか見なかったことを伝えると、彼はおかしいな、と言い、僕に尋ねた。
「ところでお前、食糧は要らないか。俺はこれから下山なんだけれど、随分と余計に食糧を積んじまって、重くて参っているんだ。膝が痛くて」
願ってもない展開に、僕はうまく言葉が出せない。英語力の無さによるものではなかっただろう。
そんな僕の気持ちを察したのか、彼はサングラス越しにニヤリとしつつ、バックパックから食糧を次から次へと出していく。
「フリーストアだ。欲しいものはなんでも持って行っていいぞ」
いくらなんでも積みすぎじゃないかと思うほど、確かに彼の食糧は豊富だった。本当にその日が彼の下山日だったのだろうか。内容は多くがバックカントリー用のトレイルフードであり、僕がいつもスーパーで用意する食べ物からすると、贅沢品ばかりだ。
彼は分岐に友人に宛てた書き置きを残し「グッドトリップ」と笑顔を見せて下山ルートを歩き始めた。
遠慮する余裕はなく、ほとんど全ての食糧を頂戴すると、確かに重みが背中にグッと来た。しかし、その重みは幸せの重みに違いなかった。これでお金のかかりそうなリゾート地に寄らずに前に進める。