ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/08/08 10:30

雨中のシエラネバダでの遭難と、歩くことが求める「謙虚さ」。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。

雨音と、寝袋を伝ってきた結露で目が覚める。

「テントを叩く雨音は、次第に強くなる。昨日は美しく感じたカリフォルニアの霧雨が、今は大きな粒となって僕を濡らし、体温を奪う。

 今、テントを解体して外に出るのが賢明でないことは明らかだ。雲は頭上を広く覆っているが、とりあえずこのままテントの中で様子を見よう。

(中略)

 日がさしてきたというのに、雨は止みそうにない。だが、もう11時だ。いつまでもテントの中にいるわけにもいかないので、雨具を着て外に出ようと思う。濡れたテントを畳んでザックに入れるのはいつだって憂鬱だ」

 これは、この連載の前回原稿の冒頭と終わりからの引用だが、翌朝はまさにこんな感じで、雨音と、寝袋を伝ってきた結露で目が覚めた。

 僕は雨に目を細めつつ「その日」を開始した。

ずばり、僕はその日、遭難をしてしまった。

「その日」のことを書かねばなるまい。

 しかし、文章にしてみると、起きたことは随分とシンプルなものだと、改めて気付く。ずばり、僕はその日、遭難をしてしまったのだ。

 これまでも道を間違えることは多々あったものの、道を「見失う」経験をしたのは、その時が初めてだった。

 この区間、トレイルを歩くバックパッカーは、何度か川を渡渉しなければならない。地図にも危険と書かれた箇所が続くのだが、雨による増水により、難度がより高まっていた。

 川を渡る時、僕はなるべく楽そうなルートを探す。水深の浅い箇所であったり、丸太がかかっている箇所であったり。

 ある場所で、僕は川を下流に向かった箇所に、辛うじて木が掛かっているのを見つけ、なんとか対岸に渡ることが出来た。

 しかしその後、迂回して渡った川に沿って対岸のトレイルを探して歩くが、トレイルに合流出来ない。川は幾つかに枝分かれしており、支流に沿って歩いてしまったのだろう。こんな時は、根拠の無いまま闇雲に歩いてはいけない。

 いけないのに、僕はひたすら支流に沿って歩いてしまった。

 歩き過ぎたと確信した頃には、僕の周りは辺り一面同じ景色になっていた。

 心臓の鼓動が早くなる。

 息が苦しい。

 深呼吸する。

 蚊が群れを成して雨具のフードに侵入してくる。

【次ページ】 叫ぶと、全身から力が抜けていくのがわかる。

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