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雨中のシエラネバダでの遭難と、
歩くことが求める「謙虚さ」。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/08/08 10:30

雨中のシエラネバダでの遭難と、歩くことが求める「謙虚さ」。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

遭難直前の井手くん。この時は雨中でも「かっこつけた」(本人談)写真を撮る余裕があった。

雪解け水が流れる音だけ。なんて贅沢なのだろう。

 辺りが少しずつ暗くなっていく頃、ハーフドームの登り口に着いた。降りてくる親子と会話を交わし、僕はさらにハーフドームに近づいて行く。

 仰々しいバックパック姿を夕日が岩に映す中、岩にかじりついて高度を上げていく。観光地なのでもっと整地されているのかと思っていたが、予想以上にワイルドな岩だ。暗くなる前に来られて良かった。

 影がどんどん長くなる中、僕はテントを張り、ストレッチをしながら岩と空を見ていた。

 静かだ。

 雪解け水が流れる轟々とした音だけ。獣も、人も、木の揺らめきもない。そこにあるのは、大きな大きな一枚岩と、ちっぽけな僕。そしてテントだけ。なんて贅沢なのだろう。

 ヨセミテに、来たのだ。

このままずっと夜空を見ていたい。

 日が沈んでしまうと、今度は満月が顔を出す。月明かりで再び影が出来る。星も出てきた。このままずっと夜空を見ていたい。

 下の方でちらちらとヘッドライトが光る。キャンプサイトだろうか。

 僕はその時、まさにヨセミテの「町」を見下ろしていた。

 翌朝は観光客がはしゃぐ声で目が覚めた。皆僕のテントとハーフドームを共にカメラに収めている。

「ここでキャンプしたのかい」

「うん」

「クレイジーだな。上にはもう登った?」

「いや、パミッションがないから登っていないんだ」

「君、ますますクレイジーだね。誰もそんなこと気づきゃしないよ。だから皆朝にこうして登ってくるのさ。今なら登れるよ」

「そうかもね」

 僕は適当に返事をしつつ、テントをたたみはじめる。実際、上に行かずとも満足だった。そんな風に、整備された梯子を競うように登っても仕方ないだろう。ここでキャンプ出来ただけで、今の僕には十分だ。

 時間が経つに連れて増えてくる観光客。僕は逃げるようにテントを撤収し、下に降り始めた。

 押し寄せる人達と逆方向にグッドモーニングを交わしつつ進むのは、なんだか朝帰りに新宿駅の改札を逆走するような気分だった。やるせない。

【次ページ】 人の多さに孤独を感じるなんて。

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