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<全仏からウィンブルドンへ> 錦織圭 「ナダルが浮き彫りにした“実力”」
text by
秋山英宏Hidehiro Akiyama
photograph byAFLO
posted2013/06/13 06:00
クレーコートキングの強固な守備をこじ開けられず。
だが、全く手も足も出ない敗戦ではなかった。
この貴重な経験から得た課題と可能性を胸に秘め、
錦織圭は次なる戦い“芝の聖地”へと向かう。
ラファエル・ナダルの打ち出すボールが手にずっしりと重い。これまで4度対戦していたが、クレーコートでは初めての実戦。想像していたとはいえ、赤土を蹴って跳ね上がるボールの勢いに錦織圭は難渋していた。
猛烈なスピンのかかったボールは、高い弾道で飛び出すが、空気抵抗で急激に降下し、コートに着地する。卵の輪郭に似ていることから、この種の弾道はエッグボールと呼ばれる。ボールはコート面に接するとすさまじく跳ね、芯を外せばたちまちラケットがはじかれる。これが錦織が「いやらしい」と評したナダルのボールだ。コート上は風があり、微妙にぶれる弾道は余計にやっかいだった。
これをなんとか押さえ込み、攻撃を仕掛けた錦織だったが、全仏で7度優勝、クレーコートキングの異名を持つナダルの牙城は揺るがなかった。完敗だった。「どのサーフェスよりクレーは一番強かったという印象がある」と錦織は振り返った。技術と知力を総動員し、「出し切った」が、相手に冷や汗をかかせることさえできなかった。
対ナダルの定石を採用してもボールを拾われて「崩せなかった」。
彼を困惑させたのは、相手の守備をこじ開けられないことだった。ナダルのバックハンドにボールを集めることで反対のフォア側にスペースを作り、そこをバックのクロスで突く――対ナダル用の定石とされる戦術を錦織も採用した。これが序盤は奏功した。攻撃は正確で、ウイニングショットのバックハンドは切れ味があった。しかし、意図通りのシーンは徐々に見られなくなる。
ナダルの深いスピンボールは錦織に容易にチャンスを作らせず、攻勢に転じても滞空時間の長いボールでしのがれた。試合後の錦織はこう嘆いた。
「どんなボールも拾ってくる強さを感じたし、そこがどうしても崩せなかった」
相手が平凡な選手なら、錦織一流の展開力、すなわち巧みな攻撃の組み立てで守備網を切り裂くことができる。しかし、ナダルには最初の一太刀が効かず、連続攻撃にもバランスを崩さない。錦織に破壊的な攻撃力があれば一撃で優位に立つこともできるのだが、そこが一発を持たない選手の苦しさだ。
だが、WOWOWでこの試合を解説した土橋登志久氏は、ある攻略法を頭に描いていた。