野ボール横丁BACK NUMBER
松井秀喜に名将の資質アリ!?
仰木彬と重なる「多面性」の魅力。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHochi Shimbun/AFLO
posted2013/05/08 12:05
5月5日、国民栄誉賞授与式、松井秀喜引退セレモニーの後に行なわれた始球式。松井氏は、長嶋茂雄氏から球の高さを指摘され、思わず苦笑。
「多面性」において名将・仰木彬を彷彿とさせる松井。
松井は相手によって自覚的に自分を使い分けていた。2001年1月7日の日刊スポーツ紙上で松井はこんな風に語っている。
「例えば二面性を持っている人間は悪い人間と扱われることが多いかもしれませんが、人間いろんな部分を持っていていいと思うし、そのケースに合わせて出せるくらい、いろんな自分の引き出しを持っている人間のほうが結構、魅力あると思う。(中略)焼き肉のCM(のコミカルな面)も自分の一部。もちろん、本当の自分自身は持っていないといけませんが」
こうした多面性は、松井の懐の深さでもあるのだ。
語る人によってまったく人物像が異なるということで、もうひとり思い出す人物がいる。近鉄、オリックスの2球団を優勝に導いた監督、仰木彬だ。
“放任主義の仰木”と“いつも怒っている仰木”と……。
阿波野秀幸や野茂英雄、イチローら一流プレーヤーにとって仰木は、うるさいことは何も言わない監督だったという。阿波野が話す。
「怒鳴られたことも、叱られたこともない。打ち込まれても『次、頼むな』ってそれだけ。常に自分の考え方、やり方を尊重してくれるので、ものすごくやりやすかった」
それに対し、彼らより少しクラスの落ちる選手らは一様に「めちゃくちゃ怖かった」と話すのだ。中継ぎ投手だった池上誠一は思い出す。
「僕は怒られた記憶しかない。オープン戦やったと思うんですけど、初球の真っ直ぐをいきなりホームラン打たれたときなんかは、監督室に呼ばれて、おまえなんか野球やめちまえぐらいの勢いで怒られましたね。まあ、データで真っ直ぐに強いってわかっていたバッターだけに僕が悪いんですけど……」
仰木も選手によって、もっと言えば球団によって、自分を使い分けていたのだと思う。だからこそ性格の違う2チームを勝たせることができたのだ。実は2球団を優勝させた監督というのはそう多くはない。
仰木の名将たるゆえんは、そんな「多面性」にあった。
先日行われた松井の引退式の余波で「松井監督待望論」が急加速しそうな気配だが、そういう意味では、松井も「名将」の才能は十分に秘めていると思うのだ。