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夏の甲子園、投打の傾向を徹底分析。
1番打者のスタイルはなぜ変わった!?
text by
小関順二Junji Koseki
photograph byHideki Sugiyama
posted2012/08/30 10:31
3回戦の神村学園(鹿児島)戦。試合開始のサイレンが鳴り響く中、140kmのストレートを叩いて先頭打者ホームランを放った光星学院の天久翔斗。試合前、「プレーボール本塁打を打ちたい。積極的に振る」と話していた。
横浜・渡辺監督をも惑わした桐光・松井のスライダー。
投手には肩身の狭い大会になったが、藤浪(大阪桐蔭)と松井(桐光学園2年)の2人は別格だった。
近年、プロ・アマ問わず全盛を誇っているのが小さい変化球である。ツーシーム、カットボールという球種が代表的で、ストレートの軌道から打者近くで小さく落ちたり、左右に動くという特徴がある。
高校生はプロ野球の流行にすぐ飛びつくので、ツーシームやカットボールはそれほど珍しい球種ではなくなる。そして世の中の流れがそっちへ行けば、逆の流れが稀少価値を持つようになるのは当然である。昨年の吉永健太朗(日大三→早大)のシンカー、今大会の松井のスライダーがそういう球種である。
松井の縦に割れるスライダーは人によって「ドロップ」という言い方をする。斜めにトローンと変化するのが一般的なカーブで、松井のように縦に割れる球は昔(私の記憶では昭和40年代初め頃まで)、ドロップと呼んだ。
松井のスライダーを初めて見たのは神奈川大会準々決勝の横浜戦で、このとき横浜・渡辺元智監督はスターティングメンバーに右打者を8人並べた。松井はサウスポーではあるが、彼のスライダーは縦変化なので、「求められていたのは高低の攻めに対する適応力だけで、右であろうと左であろうと関係なかった。ならば、せめて足の速い拝崎(左打者)は起用してもよかったのではないか」とブログに書いた。この思いは今もあるが、名将・渡辺監督をさえ惑わしたところに松井のスライダーのもの凄さがある。
平古場、楠本という伝説の名投手に光を当てた松井の凄さ。
横浜に通じれば全国にも通じる。松井が今大会で残した成績は圧倒的だった。
1回戦 今治西 9回、2安打、22三振、自責点0
2回戦 常総学院 9回、6安打、19三振、自責点5
3回戦 浦添商 9回、4安打、12三振、自責点1
準々決勝 光星学院 9回、6安打、15三振、自責点3
◆通算成績 36回、18安打、68三振、自責点9、防御率2.25
通算奪三振68は板東英二(徳島商)83、斎藤佑樹(早稲田実)78に次ぐ史上3位の記録で、奪三振率17.00は平古場昭二(浪華商)16.15、楠本保(明石中)16.00を抜く史上1位の大記録である。
イチローがメジャー年間安打記録を更新することによってジョージ・シスラー(セントルイス・ブラウンズなど)という伝説的な名選手をレコードブックの奥から引っ張り出したように、松井は奪三振を積み上げることによって平古場、楠本という伝説の名投手に光を当てた。それが数字以上に、松井のやったことの凄さだと思う。