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<ナンバーノンフィクション> 草の根からの王国復活。~体操・田中和仁、佑典、理恵の三兄妹を育てた、体育教師の情熱~
text by
浅沢英Ei Asazawa
photograph byToshiya Kondo
posted2012/07/21 08:00
一筋縄では行かなかった都合3度にわたる招聘。
アンドレイ・ズーディンの和歌山への招聘は翌2001年にも行なわれ、都合3度におよんだ。 高校2年生の全日本選手権で大学、社会人の強豪を押しのけて9位に入り、兄妹の誰よりも早くナショナルメンバーとなる佑典がコバチ(棒上2回宙返り)の指導を受けたのは、3度目の練習会だった。アンドレイの招聘を境に、自分たちの指導法を体系的に見つめ直して確信を深めた田中や伊熊の薫陶を、3人の兄妹の中でもっとも色濃く受けたのは末っ子の佑典である。すでに基本は完成していたのだろう。佑典がコバチを成功させたのは、アンドレイに指導を受けた翌秋のことである。それは彼の武器となる最高難度の手放し技コールマン(棒上2回宙返り1回ひねり)へと繋がる技だった。
だが3度の招聘の実現は、一筋縄では行かなかった。
「スケジュールの調整がつかなかったということもあるんですが、正直、費用が続かなかった」と田中は言う。
3度目は、2度目の招聘から2年ほどの空白を経た春先だった。
田中3兄妹が、そろって代表に名を連ねた東京での世界選手権。
10月の初め、県立体育館を訪ねると、田中と伊熊はいつものように体操教室の子どもたちを教えていた。
上級のクラスを受け持つ田中は、マットの上で宙返りの補助をしていた。
「そうそう。もうちょっと、顎はこうやな」
その横で、初級のクラスを受け持っていた伊熊は着地のポーズを教え、マットの上で後転を練習させていた。
子どもたちをケガから守るために咄嗟に掴んだ体操着に巻き込まれて脱臼を重ねた伊熊の両手の指は、最後まで曲がらなくなっている。だが補助を続ける伊熊の顔は嬉々としているように見えた。
「おっ、今のは、上手いこと立てたな」
「ほらほら、着地のときの手はこうや。スペシウム光線! 指が天井に向かって伸びていかなあかんのやで」
子どもたちの顔が思わずほころんだ。
14年前、ローザンヌで果たされなかった彼らの夢の残り半分は、すでに実現されている。
和仁は2009年の世界選手権で種目別平行棒銅メダルを、昨年は団体銀メダルを首にかけていた。23歳でようやく代表入りを果たした理恵もまた、昨年の世界選手権で日本人2人目のロンジン・エレガンス賞を受賞している。そして、3人の兄妹が、そろって代表に名を連ねた東京での世界選手権は3日後に迫っていた。
3人の兄妹は、田中にとっては実の子どもたちでもある。だが、和歌山から送り出した瞬間から、彼らもまた〈かつての教え子〉に過ぎなくなっている。
今、何を思うのか。その問いに田中はこう答えた。
「もう一度、熊さんと一緒にここで基礎から教えて、次の選手を育てたいね」
「身体が続きませんわ」と言いながら、伊熊は嬉しそうに笑った。