Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
<団体へ懸ける思い> 内村航平 「日の丸の重みを知って」
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byAFLO
posted2012/07/25 06:01
世界のトップに立つ彼はしかし、個人の勝利よりも
団体での勝利を渇望している。その思いを育んだ背景とは。
小さな窓から差し込む自然光にまぶしさを感じることはない。間接照明のようにフロアを照らす程度である。究極まで体操に集中できるように設計されたナショナルトレーニングセンターでの体操ニッポンの国内合宿。内村航平は毎朝一番乗りでここにやってくる。
「朝に強いんですよ」
照れくさそうにそう言うが、この無機質な体育館で、午前も午後も真っ先に練習の準備を始めるのは、決まって内村だ。
「常に一番早く来るようにしています。そういう部分からも見せていきたいと思っているので。もう、団体のことしか考えていないですからね」
その言葉どおり、合宿ではロンドン五輪本番で使われる器具の特徴について、率先してチームメイトたちにレクチャーをしていた。ゆかの硬さ、鉄棒のしなり……。
男子団体メンバー5人の中で、ロンドン五輪会場で2009年に行なわれた世界選手権に出たのは、内村と田中和仁の2人だけである。体操の器具はメーカーによって相当な違いがあるため、実際に試合に出て感じた器具の特性を仲間たちに伝えることには大きな意味があるのだ。
ゆかと鉄棒の難度を高める一方、跳馬への挑戦は取りやめに。
6月下旬には、最大のライバルである中国を追い越すためにと、ゆかと鉄棒の演技構成を変えて難度をさらに高めることにした。また、それにともなって跳馬の種目別メダルへの挑戦を取りやめるという決断を自ら下した。同月上旬に取材した際には「跳馬でも狙いたい」と明言していたのに、である。
「跳馬を2本やるとその分体力がなくなる。種目別決勝に残るかどうかは自分のこと。自分のことのために団体での危険性を高くするような真似は、したくないですから」
跳馬の種目別決勝に進むためには、種目別予選を兼ねた団体総合予選で、異なった演技を2本やらなければならない。当然、脚への負担は1本だけのときより大きくなる。だから内村は、6種目すべてで種目別決勝に進むという快挙達成の可能性を捨てたのだ。
個人総合では敵なしと見なされている。種目別でも多くの金メダルを獲得することが可能とされている。
だが、希代の天才ジムナストである彼のターゲットは、いつだれが尋ねても「団体」である。「金メダルは一つだけだよと言われたら、迷わず団体を選びます」とまで言う。
とはいえ、彼が団体に狙いを定めた理由を詳しく述べたことは今までなかった。ではなぜだろう。何ゆえに、王者は団体戦での勝利にこだわっているのだろうか。